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「……アル? 大丈夫?」
ただただシーツを見つめていたアルブレヒトを不思議に思ったのか、ロゼッタは彼を覗き込んだ。
単に彼はロゼッタの目を見る事が出来ないほどに気分が落ち込んでいた。彼女を見れば見るほど、一層自分の不甲斐なさを思い出さずにはいられない。
「だいじょうぶ」
「そう? でも顔色悪いわ……肋骨が痛むならノアに痛み止め貰ってくるけど、いる?」
アルブレヒトは何も言わず、俯いたまま首を横に振った。
肋骨が痛いわけではないと言うのに、ロゼッタから見れば彼は顔色が悪いらしい。アルブレヒト自身今は薬で痛みを抑えている為大丈夫なのだ。
顔色が悪い原因はアルブレヒトの心、と言ったところだろう。
色々考えていたところへロゼッタが来た事で少なからず動揺もしているのだ。
「林檎食べられる?」
折角ロゼッタが切ってくれた林檎だ。断る理由の無かったアルブレヒトはフォークに突き刺さった林檎を受け取り、無言で齧り始めた。
しゃくしゃくと齧る音が響くだけで、二人は無言だった。
ロゼッタも彼の異変には気付いているのだが、何も言えずにアルブレヒト同じく林檎を食べていた。何か言うべきなのだろうが彼女にはその原因が分からない。
「……」
これではアルセルへ行く途中へと逆戻りである。
アルセルへ行くロゼッタとそれを止めるアルブレヒトは一時気まずい関係となった。だがアルセルの王都で再会後、確かに二人は仲直りをしたのだ。アスペラルへ帰れば元通りなのだと二人ともそう思っていた。
だが結局二人の仲はまた少し離れてしまった。
これは単なるアルブレヒトの自己嫌悪だったが、吐き出せない気持ちに彼は苛ついていた。この感情をどう処理していいのかも解らない。考えても解らない事ばかりで、更に自己嫌悪してしまう。
「そういえばアル、怪我が治ったら今度ラインベルに買い物に行きましょう」
重い空気を断ち切りたい一心でロゼッタは話を切り出した。出来るだけ声は明るく、元気に。
「ローラントって何も持たずに来たでしょう。必要なものとか揃えなきゃいけないの。ローラントったら、今ハルトのお古着てるのよ。なんか、首元が寒そうで……」
「……うむ」
「あとね、ラナがケーキが美味しいお店知ってるらしいの。そこも行ってみたいわよね」
甘い物が大好きなアルブレヒトも興味を持つと思ったが、それは不発に終わった。あまり彼の反応は芳しくない。
「……ロゼッタ様」
「なぁに?」
「今日、もう休む」
目も合わせずに、アルブレヒトは淡々と伝えた。
さりげなく拒絶されたのは何となくロゼッタも気付いた。だが彼のおかしな様子を見ていると、異変を問い質す気にもなれない。直感的に今はそっとしておくのが一番だと思えたのだ。
分かったわ、とロゼッタは微笑んで立ち上がった。
「何かあったら呼んでね。あ、お医者様からは安静にって言われてるんだから動いちゃダメよ。お薬はちゃんと毎食後に飲んでね。あと、早く怪我治してね」
また来るからと言い残して、ロゼッタはアルブレヒトの部屋を後にした。
彼女の背を見送りながら追い出した事を少し後悔した。だが少し安堵したのも事実だった。
本当は彼女に「自分は必要か」聞こうと思った。しかし「いらない」と答えられるのが恐くて何もロゼッタには聞けなかった。
アルブレヒトは枕に顔を埋め、何度も心の中で「ごめんなさい」を繰り返したのだった。
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