6
*** 意識が戻った時には既に場は収まっており、国境を越えた辺りだった。
最初は何が起きたのか理解出来なかったが、ローラントに背負われたまま軋む胸に手を当て、ようやくアルブレヒトは状況を理解した。
彼が起きた時には既にアスペラル側の勝利。擦り傷や打撲はあったものの、大怪我もしていないロゼッタは自分の足でアスペラルへと帰る途中であった。
仲間達も疲弊こそはしていても、しっかりとした足取りで帰路へとついていた。
あれから十日。
アルブレヒトは離宮に着いてから安静を言い渡され、何日もベッドで寝かされていた。肋骨を折っているのだから仕方がない。完治には一ヶ月は掛かるだろうと医者に診断された。
シリルやロゼッタは優しい、だからこそしばらくは側近の役目を離れ大人しくしていると良いと言ってくれた。
「……っ!」
ベッドに座ったままアルブレヒトは右手の拳を握り締めた。
結局何も出来ぬまま戦いは終わった、その事実が未だに彼は忘れられなかった。ロゼッタの手伝いもままならぬまま、敵の攻撃によって気絶。気付けば終わっていたなど彼には笑えなかった。
ただのお荷物になったに過ぎない、とアルブレヒトは思った。
それにロゼッタはあのアルセル王との戦いの末、アルセル王を捕縛。交渉の材料として戦いを終わらせた。
自分の主人の成長は素直に喜ぶべきなのだろう。しかし、いつの間に人からの手助けなどいらなくなった彼女。いや、手助けが必要無くなったわけではない。リカードやローラントの手助けは必要としていても、既にアルブレヒトの助けだけはいらなくなったのだ。
今まで彼はロゼッタの一番近くにいる気がしていた。だが、目が覚めた時には彼女との距離は一層広がっていたのだ。
(もう、自分は必要ない……?)
気付けばアルブレヒトの手が僅かに震えていた。必要とされない事、それが彼にとって一番恐ろしい事。
だが考えても一層泥沼。思考は段々と沈んでいくばかりだった。
ロゼッタの周りには王が用意した優秀な先生がいる。リーンハルトやシリルが知恵の部分を補佐し、リカードやローラントが彼女を守るだろう。ノアは魔術という専門分野がある。
しかし、アルブレヒトには何も無い。
同い年位の子達に比べれば多少は身体能力は上だが、特別高いというわけでもない。勉強も今までした事ない。魔術も使えない。人より秀でた部分もない。
こんなにも悔しいと感じたのは気持ちは初めてだった。
自分が弱い故、そして全く成長が無い故に、自分の足で歩んでいくロゼッタの背を見送るしか出来ないのだ。
(……強く、なりたい)
膝を抱え、アルブレヒトは顔を埋めた。
そんな事を思ったのは初めである。シュルヴェステルの側近をしている頃は考えた事もない。それなのに、どうしてかロゼッタの事を考えれば考える程悶々としてしまう。
だが、そんな思考も扉をノックする音で止められた。
アルブレヒトが顔を上げるのと同時に部屋の扉は開けられ、たった今まで考えていたロゼッタ本人が顔を覗かせたのだ。
「アル? 大丈夫?」
彼の返事も聞かずにロゼッタは部屋へと入って来た。
「ロゼッタ、さま……!」
「あ、いいわよベッドから出なくて。大人しくしてなさいって言われてるんでしょ」
突然の彼女の来訪に慌ててベッドから這い出そうとするアルブレヒトを、彼女は優しげな口調で諌めた。ロゼッタに言われ、渋々アルブレヒトは元の位置に戻った。
よく見ると、彼女は皿に乗った林檎とナイフを持っていた。
「お見舞いに来たのよ。ここへ来る前に厨房に寄って林檎を貰ってきたの」
そしてロゼッタはベッドの横にある椅子に腰を下ろし、慣れた手付きで林檎の皮を剥き始める。
いつものアルブレヒトなら、彼女の見舞いも気遣いも嬉しいと思えるだろう。だが、今は逆だ。彼女の元気そうな顔を見ると、一層落ち込みそうだった。
ある意味、今一番会いたくはなかった。
「お見舞いって言ったら林檎よね。本当はアルの好きな蜂蜜の方がいいのかなって思ったんだけど。蜂蜜を食べ過ぎてもいけないし、今日は林檎よ」
「……うむ」
思考が上手くまとまらない。笑みを浮かべながら林檎を切るロゼッタとは対照的に、苦々しい表情のアルブレヒトは珍しくも適当な返事を返したのだった。
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