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「さて、そろそろ私は仕事をしてくる。今日は掃除をしようと思ってな」
壁に掛けてある時計をちらりと見て、ローラントは立ち上がった。
大方、誰かに仕事を貰って約束をしてきたのだろう。律儀な彼の事だ、時間通りに行ってしっかり仕事をしてくる筈だ。
彼の口から「掃除」という単語が出ると違和感はあるが。
「頑張ってね。ちなみに、掃除できるの?」
「……多分、掃除くらいならば出来る筈だ」
最初に少しだけ間があった。その間が彼は掃除が出来ない事を肯定していたが、元貴族の彼が掃除出来るとはロゼッタも思っていなかった。
苦笑はするが、ロゼッタは止めなかった。
彼の事だから誰かに教えて貰って上手くやるに違いない。何だかんだ言って離宮の人達とは上手く交流しているのだから。
「じゃあ、私も少し出ようかしら」
そう言ってカップの中の紅茶を飲み干し、ロゼッタも席を立った。
「どこへ? 外へは……」
「大丈夫、外には出ないわよ。今外出は禁止だし。アルのお見舞いに行こうと思うの」
***「いい加減正直に話なさい」
アスペラル王都アーテルレイラ、その中央にある王の居城の執務室で、長い黒髪の男性は表面上では穏やかさを保ちつつも僅かに語気を強めて言い放った。
そんな彼の目の前に居るのは、金髪に金と翠の双眸をした青年。リーンハルトだ。
リーンハルトは平然と口を噤み、王シュルヴェステルの言葉をも無視していた。
「……はぁ、何も私は此度の件で責任追及させたいわけではない。事実を知りたいだけだ」
何度目かも分からない溜息を吐きながら、シュルヴェステルは頬杖を突いた。この質問は今に始まった事ではない。リーンハルトがアルセル公国から帰還してすぐに尋ねたが、簡易的な報告書のみで多くを語らなかった。
ロゼッタが動いて争いを終結させたのは王も知っている。だが、手元の書類に目を通してみても、何故彼女がアルセル公国にいて、王都そしてアバルキンへと行ったのかは知らないのだ。
「……報告書通り、ロゼッタお嬢さんを連れ回したのは俺です」
顔色一つ変えずリーンハルトは言い放った。
「そういう嘘が平然と通ると思うなリーンハルト。お前がそういう子ではない事は、私が一番よく知っている」
シュルヴェステルは額に手を当て溜息を吐いた。
このやり取りは既に三日程繰り返されている。時間が出来ればシュルヴェステルは彼を呼びだし、再三問い質した。しかし返って来る答えは決まって同じだった。
誰かを庇っているというより、全責任を負うつもりだったという方が正しいだろう。いい加減なところはあるが、昔から彼は責任感が強いのも事実。
今回の事で何かしら責任を感じている事は否めなかった。
「そこまで責任を感じる必要は無いだろう、リーンハルト。大怪我も無くロゼッタは無事に帰って来て、手土産まであった。私はあの子を褒めたいくらいだ」
「だけど、何度も死にかけた。下手したら俺の判断ミスで全員を死なせる羽目になっていた」
リーンハルトの表情は暗かった。最終的な判断を下したのは彼だ。明るくは振る舞っていたが、王の許可無しに勝手に動く事についてはずっと責任を感じていたのだ。
せめて明るく振る舞っていたのは、皆に不安を与えない為だった。
「……だが、お前の判断に異議を唱える者はいたか? その判断に従ったのは少なくとも皆の意思によるだろう。お前が責任を感じるなどお門違いだ、あの子達も子供じゃない。自分の行動くらい、自分で責任を持てるだろう」
厳しい口調で言われ、リーンハルトは何も言えなかった。
許可を与え、判断を下したのは彼とはいえ、アバルキンに行きたいと言い出したのは元々ロゼッタ。リーンハルトが心配せずとも、彼女は最初から覚悟はしていたのだ。
「もういい、この話は終わりにしよう。初めから誰かを罰しようなどとは思っていない」
手に持っていた報告書をその場で破り捨て、シュルヴェステルは立ち上がった。白い紙くずが床の上に散らばる。そして彼はゆっくりとした足取りでリーンハルトに近付いて行った。
これでようやく話も終わった、とリーンハルトは安堵した。しかし思ったのも束の間。
王はリーンハルトに前に立った。
「だが……虚偽の報告をした罰はあるがな」
恐ろしい笑みを浮かべる王に、リーンハルトは青い顔をした。
その後、王の執務室からは男性の悲鳴が聞こえたという。
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