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「今日の午前とかは何してたの?」
ふとした疑問である。
ローラントには一室与えてあるが、彼が部屋でごろごろしている姿は想像出来ない。
「午前か? 午前中は庭師殿が忙しそうに働いていたので、それの手伝いを。手伝いと言っても私は植え木は切れないからな、肥料を運んだり花壇に水をやったりした程度だが」
ごく当たり目の様に彼は言うが、一つ一つ想像してみてもロゼッタは上手く想像出来なかった。
今は姓を捨ててアスペラルに住んでいると言っても、彼はローラント=ブランデンブルク。アルセル公国の元騎士で生家は貴族。そんな育ちの良い生まれながらにして騎士である彼が、肥料を運んだり花壇に水をやったりする姿を誰が想像出来るだろうか。
「そりゃまた何で……?」
「ここに置いて貰っている以上何かしら仕事をしようと思ってな。しかし、何をしたら良いか分からずとりあえず手伝いをしてみた」
真面目な気質故に彼なりに色々考えた結果なのだろう。気兼ねなく暮らして欲しいと思うが、彼は何もせずにはいられない性質なのだとロゼッタは見抜いた。
離宮に来た最初の頃は、ロゼッタも何かしたくて仕方が無かったのを覚えている。
今は勉強があるので使用人の仕事をお手伝いしようとは思っていないが、何も無い様な毎日だったらロゼッタも彼と同じ行動を取っていただろう。
「……普通の生活にとっては何気ない事でも、ずっと剣しかなかった私にはどれも新鮮だ。本当に自分一人では何も出来ないと気付かされるばかりで恥ずかしいが、離宮の者は親切に教えてくれるんだ」
そう言うローラントはとても嬉しそうで、ロゼッタも何故か嬉しくなった。
彼は今の生活を気に入っている様で、このアスペラルをもっと好きになってくれると良いとロゼッタは思う。
「ちなみに昨日は?」
「昨日は厨房でイモの皮剥きをしていた。苦戦していたら偶々通り掛かったメイドがやり方を教えてくれてな……確か、名はエリノアと言っていたな」
「エリーが?」
驚きの声を彼女が上げると、知り合いなのか、とローラントは尋ねる。エリノアはロゼッタの身の回りの世話をしてくれる使用人の一人だ。ロゼッタより二つ年上で、お姉さんの様な感覚がして好きだった。
きっと気さくなエリノアの事だ、ローラントを見付けて親切にイモの皮の剥き方を教えてくれたのだろう。
「一昨日は倉庫の整理をするとグレース殿が言っていたので、それの手伝いをしたな。荷物を出したり運んだり、数を数えたり……数も多いのでなかなか大変だった」
それでも満足気なのはロゼッタの見間違いではないのだろう。
充足感ある表情の彼を見て、少しだけロゼッタは安心した。ローラントが騎士でなくなった要因はロゼッタである。彼女について行くと決意したからこそ、彼は騎士の身分を捨てた。
ロゼッタに罪悪感が無かったわけではないのだ。彼にとっては騎士とは誇りと等しいのだから。
「ローラントは……騎士っていう名誉を捨てて、使用人の手伝いをしている今に満足してる?」
純粋な問いだった。だが真面目な表情でロゼッタは真っ直ぐに彼を見つめる。
「していないな」
「……そう」
ロゼッタの表情が暗くなる。
すると暗くなった彼女を見て、ローラントは違うと慌てて首を横に振った。
「誤解はしないで欲しい。騎士の位を捨てたのは自分の意思で満足はしている。だが私がアスペラルに来たのはロゼに仕える為、いささか……仕えている実感が無いだけだ。遠慮せず命令をしてくれて構わないのだが、当人は命をくれないしな」
「え? そこ?」
確かに命令らしい命令を彼にした覚えは無い。今日は紅茶を持ってきて欲しいと命令したが、それは半ば無理矢理言わされた様なものだ。何か頼み事はないか何度も聞かれ、苦し紛れに紅茶を持ってきてと言っただけである。
だが、そう言われてもロゼッタは命令する事自体好きではない。
「そう言われても……今度、何か思い付いたらするわ」
日常生活で命令する事などほとんどない。しかも、元騎士で、しかも生活力は皆無な彼に何を頼むべきか。
「無いのか……? こう、消して欲しい奴とか」
「いないわよ……!」
突然不穏な事を口にするのでロゼッタは立ち上がって叫んだ。
「冗談だ」
「……真顔で言われても冗談に聞こえないわ」
いつも表情が読み取れないが、これでも冗談などを言ったりするらしい。ロゼッタは初めて知った事である。
だが彼が冗談を言える程今の状況に落ち着いているとも取れるのだろう。
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