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「願掛け?」
それは初耳である。てっきり彼は好きで髪を伸ばしているものだと思ったのだ。
ロゼッタの周りにも男性で髪を伸ばしている人は結構多い。前に理由を尋ねた事があるのだが、アスペラルには魔力は髪に宿るという迷信があるらしい。それ故にシリルやノアは長めのままなんだとか。ノアの場合、切るのが面倒という理由もありそうなのは否めない。
その反対に魔力の無いアルブレヒトや迷信なんてものを信じる気がないリカードは短いのだとか。
リーンハルトは自身で「長髪が似合うから」と真顔で言っていたので、もう魔力云々の話ではない。
「あぁ、いつか……心から仕えたいと思える主に出会える事を願っていたからな」
それが彼の数年越しの願いだったらしい。
感慨深そうに、うっとりとした瞳でローラントは呟く。それが誰の事を言っているのかは聞かなくても分かるしし、ロゼッタは聞こうとも思わなかった。
(うん、最近特に思うけどローラントも結構……変なとこあるわよね)
最初から変わっているなとは思っていたが、時折彼の忠誠心は重過ぎて病気なんじゃないかと思う。今もちらりとこちらを見ているが、ロゼッタは何も言わなかった。
ロゼッタ自身、未だに何故彼が彼女に仕えようと思ったのか理解が出来ていないのだから。
「そういえば、シリルさんは?」
こういった場合、話をすり替えるのに限る。朝から姿を見ていないシリルについて元々尋ねたかったのだ。
「シリル殿は多分部屋だな。仕事が溜まっているらしい」
「そうよね、何日もアルセルにいたものね」
何日もアルセル公国を連れ回したせいで仕事が溜まっている光景を、ロゼッタは容易に想像出来た。それでも彼女に文句の一つも言わないシリルには、申し訳ない気持ちでいっぱいである。
後から会ったら謝らなきゃ、とロゼッタは溜息を吐いた。
シリルの事だ、きっと謝っても笑顔でとぼけた振りをする様な気もする。
「ノアとアルブレヒトはそれぞれ部屋だ」
「そっか、みんな普段の生活に戻ったって感じなのね」
この分ならノアも地下室に籠って研究の続きでもしているのだろう。
本当に日常に戻ったのだと実感し、ロゼッタは天井を見上げた。それが悪い事ではない。この平穏が何よりも変え難いものだと彼女は知っているからである。もうあんな恐い目に遭うのも懲り懲りなのだ。
だが、嬉しいと思いつつこの結末で良かったのだろうかという思いがあった。
後悔しているわけではない。ロゼッタ自身、あれが彼女に出来る最善の策だと思ったからこそ実行した。
「……少しだけね、あれで本当に良かったのかなって思うの。後悔はしてないけど、私は役に立てたのかしら」
「何を言う。今回の件はロゼがいたからこそ成り立った。犠牲が最小限で留められた事は素直に誇るべき事。事実を知る者が殆どおらず誰もロゼの活躍は知らないだろうが、我が主として誇らしい働きだったと思う」
「聞いてて恥ずかしいわローラント……」
まるで自分の事の様に語るローラント。その内容は彼女をべた褒めしている内容だが、ロゼッタは頬を引き攣らせる。彼はわざとやっているわけではない。これで至極真面目に言っているのだから困ったものである。
だが、そう言って貰えると少し気が紛れるのも事実。
「過ぎたことを考えても仕方ないわよね。先のこと色々考えなきゃ」
あのアルセルの出来事が契機となったのか、ロゼッタは少しずつであるが前向きに考えられる様になっていた。前の彼女であればしばらくは思い悩んでいただろう。
「そうだ、ローラントはアスペラルの生活には慣れた?」
まだ十日あまりしか経っていないが、一応気になるところだ。文化が違う分、人間がアスペラルに来ると不思議な感覚がするだろう。アルセルに住んでいたロゼッタも最初の頃は戸惑う事もあったのだ。
ここでの生活はロゼッタの方が先輩にあたる。何か分からないことがあれば、という親切心であった。
「そうだな……これと言って、特には不自由はしていない」
顎に手をあて、少し考える仕草をするローラント。
「そうなの? 何かあったらすぐに言ってね」
「あぁ、だが本当に不自由はしていないぞ。離宮の者は皆、親切にしてくれる」
そこで、離宮に滞在中彼は普段何をしているのか疑問に思った。ロゼッタは基本部屋で大人しくしている為、廊下を出歩くことはここ最近無いのだ。
ローラントはそんなに離宮の使用人達と積極的に交流しているのだろうか。
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