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「そうか、お前かローラント……!」
居る筈も無いローラントが此処に居て、アルセル王に剣を向けている。
その事実でようやくエセルバートはローラントが裏切った事実を知ったのだった。だがそのお陰で、ロゼッタがアバルキンに来れたことにもエセルバートの中では説明がつく。
血走った目でエセルバートはローラントを睨み上げた。
「道理でその小娘が生きているわけだ……! よもや私を裏切って魔族になりさがるとはな!」
「……どう思われても結構だ。従うべきを王を彼女と見定めた、最早私はアルセル王、あなたの駒ではない」
ローラントの声はひどく落ち着いていた。切っ先は躊躇い無くエセルバートを向けられている。そう、彼の元主人であるアルセル王に。
ロゼッタは前に出ようとするがリカードに腕を掴まれて阻まれる。何故止めるのか聞こうとして彼を見上げるが、行くなと彼の視線が訴えていた。
王をローラントに始末させる気なのかと思うと、ロゼッタは眉を寄せた。
「少なくともロゼは両方の国民の事を考えていた。私は騎士として、誇りを持って戦いたかった。魔族となろうとも志は変わらない」
切っ先がエセルバートの首の横を滑る。皮一枚斬れるか斬れないかすれすれの所だ。月の光を反射させながら、ゆっくりゆっくり剣を動かす。
エセルバートは息を呑みながら微動だにしなかった。
「そして王たる儂を弑逆するのか!」
ローラントの裏切りはエセルバートにとっては寝耳に水の話だった様だ。ロゼッタが姿を現した時よりも息巻いていた。
「ロゼの望みは戦争を止める事だ。なら、すべき事は一つだろう」
「……魔族は人間になれん、その逆も然りだ。お前がどれ程望んだとしても人間である事は変わりない……それでも魔族の駒となる事を良しとするか……!」
「些末な事だ」
剣を首から離し、ローラントは剣を構え直す。彼は元々騎士団の団長を務めていた男、無闇に動けば即刻斬られることをエセルバートも知っていた。しかし逃げても逃げなくても今の状況は一緒だろう。あと数秒もすればローラントはその白刃を王に突き立てるのだから。
ロゼッタは息を呑む。ここでローラントがアルセル王を殺せば、アスペラル側の勝利と言える。
だが、違うのだ。彼女が望んでいたものと。
気付けばロゼッタはリカードの手を振り解いていた。
「待ちなさいローラント……! 命令よ、その剣を振り下ろさないで!」
彼の剣が振り下ろされる瞬間、ロゼッタが叫ぶ。ぴたりとローラントの腕が止まった。
「ロゼ、何故止める」
ロゼッタには絶対服従のローラント。命令故に手を止めたが、不思議そうに彼女を見ていた。
「殺せなんて命令、私は出していないわ。リカードもよ」
ローラントに代わって今にも動き出しそうなリカードも牽制する。あからさまに舌打ちをするリカードだが、一時的には留まった。
ロゼッタは一歩前に出た。もう決心はついていた。
「……どういうつもりだ。アルセル王を今殺さずいつ殺す」
彼女の後ろから不機嫌な声でリカードが問う。
彼にしてみればアルセル王を殺す絶好の機会。そして、ローラントの忠誠心を測る為でもあった。未だにローラントの裏切りを信じられない彼は、ローラントに王を殺させることで見極めようと思っていた。
だからこそアルセル王の首を彼に譲ったのだ。
「殺さないわ」
「はぁ? この期に及んで何を言っている」
リカードは彼女の背後に居るのでその表情は見えない。だが、今彼がどれ程険しい顔付きをしているかは想像は容易だった。
「もうアルセル王に勝ち目は無いし、確保したわ。なら、その時点でもう終わりよ」
(20/21)
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