アスペラル | ナノ
19


***



 一対一ならば何とかなる、そう驕っていたがもう駄目だろうとロゼッタは思った。目の前にはエセルバート。背後には彼女を羽交い締めをしている兵士。
 暴れれば暴れるほど締められ、身じろぎすらもう出来なかった。
 無念だった。だが、あのエセルバートはロゼッタと違い、躊躇いを見せずに彼女を斬れるだろう。既に彼の手には剣が握られているのだから、もって数秒の命。

「……!」

 ぎゅっとロゼッタは目を瞑った。自分の力不足が歯痒い。リーンハルトやリカードには大見栄を張ったのに悔しい。そんな感情が入り混じる。
 しかし、目を瞑ったのは現実から逃げただけ、そして皆の頑張りを否定するだけの行為だとロゼッタは思った。自分は悲劇のヒロインでも何でもない、ただの無力の小娘だがしたい事があってここまで来た。
 そう思ったロゼッタは閉じていた目を見開いた。本当はただの虚勢で、目尻には少しだけ涙が溜まっている。

(……ああもう違う、これじゃ単なる諦めだわ。みんなが頑張ってるのに、こんな所で諦められない……!)

 だから最期まで目を開けていようと彼女は思った。諦めきれない彼女の、これが精一杯の抵抗なのだ。

(とにかく神様でも父様でも精霊でもいい、誰か力を貸して……!)

 切なる願いだった。
 その瞬間、ロゼッタの足元を中心に風が渦巻いた。瞬く間に轟音を立てて風が吹き荒れ、ロゼッタを羽交い締めしていた兵士はまず最初に被害を受ける。何とか彼女を抑えていようとしたらしいが、風が兵士の体躯を切り裂き、金属の胸当てや篭手さえ繋ぎ目を引き千切っていた。
 中心にいるロゼッタさえも風圧は感じる。空へ飲み込まれそうな感覚がするが、必死に両足で地面にしがみ付く。銀髪は風に遊ばされ舞っていた。
 ただ一つ、兵士と決定的に違うのはその風がロゼッタを傷付けないということ。吹き飛ばされそうになりながらも、風で掠り傷一つ負っていなかった。

「!」

 この風には覚えがある。
 離宮近くの森で魔物に襲われ、ラナを庇った時だ。あの時も風が盾の様に二人を守った。
 ようやく風の威力が弱まり、呆けながらロゼッタは辺りを見渡した。エセルバートは剣を地面に突き刺し、今の風を耐えたらしい。彼女を羽交い締めにしていた兵士は風が直撃し後方へと飛ばされていた。
 ロゼッタはその場にぺたりと座り込んだ。森で風が吹き荒れた時、結局あの風は誰が使ったのか不明のままであった。しかし、この状況から見てもロゼッタで確定である。だが、既にロゼッタには火と氷の魔術の素質がある。普通ならば二つでも珍しく、三つ目というのは「まず有り得ない話」とノアから聞いていた。
 一体どういう事なのか、ロゼッタは呆然としていた。

「おい、ロゼッタ……!」

 すると、地面に座ったままのロゼッタの二の腕を誰かに上から掴まれた。持ち上げる様に上へと引っ張られる。
 ロゼッタは呆けた眼で後ろを振り向いた。

「リ、カード……?」

 いつの間に来たのか、数時間前に別れた筈のリカードがそこにいた。

「はぁ、呆けるな。しっかりと立て」

 呆れた溜息を吐いているリカードに手を借りながら、ロゼッタはようやく立ち上がった。彼が手を貸してくれるのは珍しいと思いつつ彼を見上げると、未だに表情は険しい。
 その目線の先には、アルセル王エセルバート。そして王に剣を向けるローラントの姿だった。
 彼女やエセルバートが風の魔術に呆然としている間に二人は隙をついて来たのだ。

「ローラント……!」

 ローラントは彼女に背を向けている為、今彼がどんな表情を浮かべているのかは分からない。
 しかし悟った。もう少しで終わるということを。
(19/21)
prev | next


しおりを挟む
[戻る]

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -