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店を出て空を見上げると、大分薄暗かった。市場も既に店仕舞いを始めており、人通りも先程と打って変わって随分と少なくなっていた。もう少しで夜が来る、皆家に帰っていったのだろう。
ロゼッタも宿屋へ帰る為に歩き始めた。その斜め後ろをアルブレヒトがくっついていく。
人が少なくなって静かになった通りを、ロゼッタは楽しげに歩いてた。しばらくこの通りを行けばシリルと会う事になっている大きい宿屋がある。
しかし、アルブレヒトは前方から歩いてくる人達にふと目を留めた。人通りが少なくなったというのに、彼らはキョロキョロと何かを探しながらこちらへと向かってくる。浅葱色の制服に白い刺繍。見間違いでは無さそうだ。
そして瞬時にアルブレヒトは何をすべきか理解した。
「ロゼッタ様」
「え?何?ちょっと、アル?!」
突然ロゼッタは手首を掴まれた。思ったより彼の手は力強く、彼女の手を痛い程の力で掴んでいる。
そしてアルブレヒトはそのまま走り出した。彼が手首を掴んでいる為、ロゼッタも一緒に走らなければならない。とりあえず、ロゼッタはわけも分からず走り出した。
「アル?!ちょっと!!どうしたの?!」
「そこ、曲がる」
ロゼッタの言葉は聞こえてない振りをしているのか、彼女の問いに対しては何も答えず、近くの角を曲がった。
建物と建物の間にある隙間だった。意外と幅は広いので入るのに苦労はしない。しかし、そこは行き止まりであった。ここに入った事をアルブレヒトは後悔した。出来れば違う通りに抜けられる路地を狙っていたからだ。
だが、今また路地から出て先程の通りに出れば逃げた意味がない。ここでやり過ごすしかない、と彼は心の中で呟いた。刻一刻と彼らは近付いているのだから。
「……ちょっと、アル?!聞いてるの?!」
何も知らないロゼッタは、突然の彼の行動に少しだけ怒っている様だった。
「……すみません、ロゼッタ様」
「何?どうしたの?」
「理由は後から。だから、十秒位大人しく。お願いします」
「?」
そう捲くし立てられてもわけが分からない、そう思った瞬間、アルブレヒトは着ていた黒い上着を脱いで彼女に被せた。そして、更にロゼッタは腕を引っ張られて体がバランスを崩す。地面に倒れると思ったロゼッタだったが、すぐに受け止められた。
それが、アルブレヒトの抱き締められる状態でいるという事に気付くのに、左程時間は要さなかった。
「アル?!どういう事?!」
「静かに。顔見られないように。少し顔を伏せて。来る」
冷静な表情と声、どうやらアルブレヒトは真剣だった。
だが、ロゼッタはそれ所ではない。わけも分からず引っ張られたと思ったら、急に抱き締められるとは思ってもみなかった。シスターや弟達、妹達には抱き締められた事もあるし、抱き締めた事もある。
しかし、それとは状況が違い過ぎる。歳が近い、しかも異性という状況だ。
(……頭が、混乱する……)
顔がかっと赤くなっているのが自分でも分かる。それ位頬が熱いと感じた。心臓の鼓動もいつもより早い。緊張しているのだ。
ふと、ロゼッタはそっとアルブレヒトを見上げた。彼の瞳は先程まで歩いていた通りを映している。
(何を、見ているの……?)
その数秒後、通りを浅葱色の服を着た人達が通るのを確認したアルブレヒトはそっとロゼッタを解放した。
「ロゼッタ様……?」
「……」
手を離しても、彼女は俯いたままだった。抱き締めた事に関してはあまり意識していなかったアルブレヒトは、至って普通の表情で何度も彼女を呼びかける。
その後、路地裏にパシンッという小気味良い叩く音が響いたのだった。
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