18
「はっはははは、それは大層なことだ! それで? その為に此処で儂を殺すか!?」
「それは……」
ロゼッタはエセルバートと手に持っている剣を見比べる。今のエセルバートは丸腰、この剣を振り下ろせば確実に彼を殺せるだろう。
何秒経ったのか分からない。だが、数秒の沈黙の中ロゼッタはとうとう剣を振り下ろさなかった。
「……それが、おぬしの甘さだ」
「っ!?」
エセルバートの言葉がどういった意味か、直後にロゼッタはその身をもって痛感した。
突然後ろから羽交い締めの状態にされ、ロゼッタは足をばたつかせる。躊躇った故に敵からの反撃を許してしまう、それが彼女の甘さだとエセルバートは言ったのだ。いつの間に居たのか、先程倒した兵士ではなかった。
その時のロゼッタが知る由もなかったが、彼女を後ろから羽交い締めにしていたのはリーンハルトと対峙していた兵士の一人。イングヴァルの命により、彼女を捕らえに来たというわけである。
羽交い締めにされた際、手にしていた剣は落としてしまった。女が男の力に勝てるわけもなく、暴れても一層きつく締め上げられるだけであった。
「くっ……!」
何とか逃げ出そうとロゼッタは藻掻く。
抑え付けられる状況の中で、エセルバートが再び剣を手にするのが見えたのだった。
***「……ん、し……ぐん……ぐんし……軍師っ!」
何度も呼ばれる声に、黒い底へ沈んでいた意識は声に導かれる様にようやく覚醒した。
薄らと開かれた瞼から覗くのは翠と金の双眸。宝石の様な瞳は状況が飲み込めず、ゆっくりと辺りを見渡す。
直前まで何をしていたのかぼやける思考では定まらない。だが、こちらを心配そうに覗き込んでいる藤色の髪をした眼鏡の男性を見て、少しだけ口元に笑みを作った。
「あ、れ……なんだ、シーくん、か」
「なんだ、じゃありませんよ……! 無事ならもっと早く返事して下さい!」
こんな状態で無茶だろ、と思いつつリーンハルトはシリルに支えられながら状態を起こした。シリルがここまで声を張り上げるのは珍しいが、それ程リーンハルトを心配していたのだろう。彼が目を覚ましたことで、シリルは安堵した様であった。
そこでリーンハルトは直前までの何をしていたのかを思い出す。慣れない付加魔術でイングヴァルと戦い、何とか勝利したものの毒で気絶したのだ。出血が多かったのも要因かもしれないが、リーンハルトが自分の体を見ると全身の傷は応急処置が施されていた。
気絶しているうちに、シリルがしてくれたのだろう。
「解毒されてる……」
不思議と左腕も右瞼も動いていた。左手を閉じたり開いたりしてみたが、違和感なく動く。
「軍師が瓶を握っていたんですよ? 私はそれを投与しただけです。様子もおかしかったですし、一部痙攣していたので毒だとは分かりましたが……」
どうやら気を失う直前まで解毒剤を探し、離すまいと執念深く掴んでいたらしい。そんな自分の行動にリーンハルトは苦笑した。
「皆は?」
周りを見ても窓ガラスが全て割れ、廊下の壁に亀裂を走らせているこの廊下には、リーンハルトとシリル、そして倒れた敵兵しかいない。アルブレヒトやリカードの姿はなかった。
リーンハルトの問いに、シリルは少しだけ笑みを作っていた顔も真面目な表情に戻った。
「……アルブレヒトが負傷しまして、ノアがそれを看ています。二人は無事なのですが、もう戦えないと判断しまして外に避難させています」
気絶したアルブレヒトに魔力を消耗しているノア。リカードはそんな二人に来るな、と命令を下したのだ。
「リカードとローラントさんはロゼッタ様を追っています」
屋敷に入ったのはシリル、リカード、そしてローラントだった。
そして先に屋敷に入っていた二人を探している最中に、廊下に倒れているリーンハルトを見付けたのだ。シリル曰く気絶したリーンハルトを見て、リカードは少なからず動揺していたと言う。
だがロゼッタの姿だけが無い。そこでシリルだけがその場に残り、二人は言葉も無く探しに行ったとか。
「あの二人が、ねぇ」
明日は雨だね、とリーンハルトは喉を鳴らした。
「……シーくん」
「はい?」
「肩貸して。俺も行く」
シリルの肩を強引に掴み、リーンハルトは立ち上がろうとした。
右瞼も左腕も解毒されたとは言え、自由に動かすには心許ない。また、他の傷を受けた場所も力を込めると痛みが走る。少しだけ痛みに表情を歪ませながらも、しっかりと両足で立ち上がろうとしていた。
「軍師、その傷では無茶では……」
「行くよ。俺も、ちゃんとロゼッタお嬢さんの行く末を見届ける。もし駄目だったら、一緒に死ぬだけだよ」
「……分かりました、しっかり掴まっていて下さい」
リーンハルトに何を言っても無駄だとすぐさまシリルは気付いた。
立ち上がるとよろけるリーンハルトの体をしっかりと脇から支え、シリルは先に行ったリカードとローラントを追ったのだった。
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