16
その時、炎の奥で何かが煌めいた。
そしてまるで炎が道を作るかの様に、燃え盛る炎の一部が長細く消え失せる。一瞬の出来事だ。何が起きたのかリカードとシリルは判らなかった。
しかし唯一判ることが、ローラントとアルブレヒトは生きていて、アルブレヒトを左腕に抱えたローラントが剣を片手に両脇を炎で彩られた道を歩いて出てきたこと。少し煤まみれになりながらも、しっかりとした足取りで彼は歩いている。
「アルブレヒト……!」
何が起きたのかは分かっていないが、シリルは二人に駆け寄った。気絶はしているものの、しっかりと彼は呼吸しており生きている。
良かった、とシリルは涙ぐみながら心の底から安堵した。
「おい、今のどういう事だ……」
釈然としない気持ちのまま、リカードは二人の元へ。アルブレヒトが無事だと知ったのは嬉しいが、どういったカラクリがあるのだろうか。ローラントに対して不信感が拭えなかった。
リカードの魔術の火はそう簡単に消せるものではない。アスペラルの普通の騎士でもリカードの火を消すのは一苦労する程。それを単なる人間がどうにか出来るものではないのだ。
「でも本当に二人が無事で良かった……!」
「シリル殿、アルブレヒトの手当てを頼む。肋骨が折れている様だ。安静にした方がいいだろう」
抱えていたアルブレヒトを地面に寝かせ、ローラントはシリルを見た。外傷はないものの、長い黒髪の先は少し焦げ、顔は煤で黒い。
シリルは手当の道具取り出し、アルブレヒトの手当てを始める。といっても、ここでは応急手当しか出来ない。アルブレヒトの怪我の具合では、出来るだけ早く医者に診せて治療を受けるべきだった。
リカードはアルブレヒトをシリルに任せ、ローラントの前に仁王立ちになる。眉間には皺が何本も出ていた。
「どういう事だお前……何故あの火の中から無傷で出て来れる!?」
「まさか、敵兵ごと焼かれるとは思っていなかったな。全身焦げるかと思ったぞ」
「しらばっくれるな! それに俺は『避けろ』と合図しただろうが!」
「ああ、避けろと言っていたのか。私はてっきり『任せろ』と言っているのかと……まぁ、髪は生えるから大丈夫だろ」
一応二人の会話は噛み合っているものの、温度差があった。限界寸前のリカードと、焦げてちりちりになった髪先を見て溜息を吐いているローラント。あまりにも極端な二人だった。
人間と魔族という壁の前に、二人は根本的な相性の部分から良くないのかもしれない。治療をしながらそう思うシリルであった。
「……騎士長さん、煩いから落ち着きなよ。ポチさん、その剣鋼じゃないね」
二人の間にノアが割って入った。彼が何かに興味を持つのは珍しい、つまりはそれだけローラントの剣が興味を引かれる程の何かということ。
ノアは口元に手を当ててまじまじとローラントの剣を見た。
彼の剣は外見は変哲もない普通の剣である。
「いいな、それ。僕も欲しいな聖石の剣。頂戴」
「悪いがノア、これは父の形見なんだ。これはやれない」
くれ、と左手を出すノア。ローラントは苦笑しながら首を横に振った。
「ノア、それは聖石の剣なのですか……?」
アルブレヒトの手当てをしながら仲間の会話を聴いていたシリルは面を上げた。聖石の存在については人間は勿論、魔族も知っている。だがノアもシリルも実物は見たことが無かった。
「それしか考えられないね。聖石は『魔術を打ち消す』って言うけど、あんな風に消せるんだ……面白い。あれどうやったの?」
知的好奇心から瞳を輝かせているノア。先程まで疲労で死にそうな顔をしていた割りに元気そうである。
ローラントの話によると、聖石の剣で一筋に炎を斬ることで道を作ったらしい。またリカードの術が放たれ、炎が襲ってきた時は剣で防ぐことで魔術を分解したとか。まさに魔術を分解する聖石の力だった。
正直リカードから攻撃されるとはローラントは思っていなかった。しかし自身が聖石の剣を持っているからこそ、リカードに魔術の援護を頼んだのだ。魔術によるとばっちりが来るのは想定済みだったというわけである。
「そうか、お前が二年前の……!」
すると、ずっと黙っていたリカードが突然何かを言い出す。その様子は決して喜んでいるとは思えない。思い出して怒っているの方が正しい。
シリルとノアは訳が分からず双方を見るが、ローラントは「ああ」と心当たりがある様だった。
「今、思い出したのか」
「何故黙っていた……!?」
「私はベルシアで見た時から気付いていた。てっきりリカードも気付いているものだと」
不思議そうな表情をローラントは浮かべているが、リカードはそれ所ではない。肩を震わせ、今にも爆発しそうな勢いだった。
しかし、屋敷から激しく何かが割れる音が響いて来た。
「誰が気付くか……! いや、この話は全部片付いてからだ! 行くぞ!」
ローラントと二年前の因縁で争っているわけにもいかない。話すのは全てが終わってからも遅くないのだ。リカード達は屋敷へと急いだ。
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