アスペラル | ナノ
15


***



 暴走した風は辺り一面の窓ガラスを破壊、そして廊下の壁にも亀裂を作る程だった。予想を超える反撃に、イングヴァルは流血する額を片手で抑えながら立ち上がった。もう片手に握られている剣と肩は怒りで震えている。
 兵士達のほとんどは倒れたまま。横からのガラスの雨と風による攻撃が、ほとんどの兵士を倒していた。
 しかし術者であるリーンハルトにも影響は大きい。風の影響は少なかったものの、ガラスは物理的なもので魔術ではない。ガラスは容赦なくリーンハルトの全身に降り注いだ。
 今の彼を突き動かしている原動力は精神力だけだろう。

「貴様ぁああああ!」

 覆い被さる倒れた兵士を突き飛ばし、リーンハルトは近くに転がっていた自分の剣を拾った。左腕が痺れている為バランスが取り難いが、右手と両足に力を込める。彼の言う、無様に足掻く姿といったところだろう。
 イングヴァルが髪を振り乱しながら剣で襲いかかって来るのが見える。
 ほんの一瞬が勝敗と生死を分ける。思考している暇は無い。
 リーンハルト自身今自分がどんな姿をしているのかも分からなかった。血塗れで怪我だらけで格好悪い動きをしていて、普段の自分からは掛け離れた姿かもしれない。だがそれでも良いと思った。生きてロゼッタの元へ、それだけだった。

「 朗々と叫べ 汝が名を 」

 先程の詠唱で魔術は終わったとイングヴァルは思ったのだろう。
 だが詠唱は終わっていなかった。未だ途切れない集中力で、リーンハルトの持つ剣に風が集束する。
 もう彼のボロボロの体では剣の攻撃を受け流せるのも怪しい。だからこそ、一振りが限界。その一振りに賭けるしかなかった。
 右手の筋力だけで風が巻きつく剣を支えるのは血管が切れそうな程だ。魔力を剣に集中させ、可能な限り注ぎ込む。付加魔術に特化した剣ではない為、剣も軋み、限界だと訴えていた。

「はっ……!」

 ギリギリまで溜めた魔力を放出し、リーンハルトは剣を振り下ろした。
 剣の届く位置にイングヴァルはいない。だが魔術で威力が高まった嵐の様な風圧が剣から生み出され、真っ直ぐにイングヴァルに叩きつけられた。
 魔術が終わると同時に、リーンハルトの手にしていた刀身が砕け、いくつかの欠片となって廊下に落ちた。魔力を帯びたせいで負荷が掛かり過ぎたのだろう。

「はぁ……はぁ……」

 リーンハルトは剣の柄を手放し、肩で息をした。
 上手く剣に魔力が付加出来るかは五分五分だった。成功すればそれでいい、失敗すれば風が暴走してイングヴァル諸共彼も術が直撃していただろう。全て考えた上で実行したことだが成功した事に彼は胸を撫で下ろした。
 並の人間に魔術が直撃すれば一溜まりもない。全身に裂傷を作ったイングヴァルはそのまま後ろに飛ばされ、血塗れの状態で床に転がった。足が変な方向を向いている様だが、リーンハルトにはもうそんな事気にしていられない。

(はやく、解毒して……)

 イングヴァルを倒しても尚リーンハルトを縛るのは特殊な神経毒。解毒剤についてイングヴァルは何も言っていなかったが、用意していないわけがない。解毒剤も使い方によっては立派な交渉材料になるのだから。
 こういう場合はイングヴァル本人が持っている可能性が高い。
 ふらふらの体を引き摺って、動かないイングヴァルに近付いていく。早く解毒してロゼッタを追わなければ、とそれだけが頭を占めていた。
 視界のぼやけが全体に濃く広がった。右目だけだったのにおかしいと思いつつ、足を動かす。動かないのはあと左腕と背中だけだというのに、何故か体全体も動きが鈍くなっていく。まだまだ動けるのにおかしいな、とリーンハルトは思う。
 気付いた時には、リーンハルトの視界は暗転した。


***



 鮮やかに燃える炎は敵とローラントを飲み込んだ。
 熱風が吹き荒む中、目元に手を当てて様子を見守っていたシリルは息を呑む。まだあそこにはローラントとアルブレヒトがいたのだから。
 既に炎は大地の上で轟音を響かせながら燃え、黒い煙を上っていた。

「リカード……」

 横にいる上級レベルの術を放った張本人をシリルは驚愕の瞳で見た。
 リカードがローラントを良く思っていないのは知っている。だが、まさかこの場でローラント諸共消そうとするとは思っていなかったのだ。

「シリル、言っておくが違うぞ! 術を放つ前に奴とは目が合った、だから放ったんだ。なのに避けなかったのはあいつだぞっ!?」

 リカードは慌てて叫んだ。
 彼すらも予期していなかった事態だった。確かにローラントの事は憎く思っているものの、アルブレヒトを助ける為なら協力はするつもりであった。だからこそ目が合った瞬間、避けろと伝えたつもりだ。
 ローラントとて騎士。それ位のサインが伝わり難かったとも思えない。
 しかし今は責任の追及をしている場合ではない。燃え盛る炎の中から二人を助けなければいけない。もしかしたら手遅れかもしれないが。

「ノア! お前の魔術で火を消してくれ……!」

 魔術で生み出された火は普通の水では消え難く、同じく魔術で生まれた水や氷の方が打ち消しやすい。勿論、術者の魔力や技術が上回っていないと意味が無いが。
 ノアの魔力量や技術ならばリカードの火でも消えるだろう。

「……ん、あれ」

 リカードからの要請に応えず、ノアは悠長に火の先を指差した。彼の白い顔は赤い火に照らされて血色良く見える。
 リカードとシリルは彼が指差した方向を見るが、依然と燃え続けている火があるだけである。それは更に二人の焦りを増長させるだけだ。
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