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駆け出したローラントは兵士を斬り伏せ、アルブレヒトの元へと駆けつけようとする。何人かの兵士はローラント相手に躊躇いを見せていたが、彼が待つことはない。
あっさり彼らの期待を裏切り、砕かれた期待と共に剣を突き立てる。
だがアルブレヒトにもう少しで手が届くというところで、アルブレヒトの体が浮いた。
「止まれ……!」
兵士の一人が意識を失っているアルブレヒトを持ち上げ、その喉元に剣を当てていた。脅威的な力を発揮して迫り来るローラントへの、兵士なりの精一杯の抵抗だったのだろう。
ローラントは動きを止めた。最悪の事態である。
アルブレヒトが人質に取られるという可能性は想定はしていた。兵士達がいる真ん中で倒れているのだ、人質に使って下さいと言っている様なもの。
しかし実際に人質とされると、ローラントにも躊躇いが生じた。
「動いたらこいつの首を斬る……!」
兵士が震える手でアルブレヒトの首に剣を添える。数センチ動かせばアルブレヒトの首は簡単に斬れる距離だった。
たった数日の付き合いで一度は刃を交えているとはいえ、アルブレヒトという少年を見捨てられる程ローラントも冷徹ではない。それに、彼が死ねばロゼッタが悲しむのは明白。
ローラントは構えていた剣を下ろした。ぐるりと周りを見渡すと、見知った顔の兵士達に囲まれている。
「……動きは、しない」
そう周りにローラントは静かに告げる。剣を下ろしている状態で一斉に襲いかかってきたら、彼とて一溜まりもない。だが慌てる様な素振りを見せなかった。
それもその筈、ローラントの視界の隅には片手を上げるノアが見えていたのだから。彼の白っぽい紫色の唇はゆっくりと唱えていた。
「うああああ!」
刹那、男の絶叫が響く。
ノアから飛んで来た氷柱がアルブレヒトの首根っこを掴んでいた兵士の左手を貫いたのだ。突然の事に兵士は左手を右手で掴んで苦しみ出す。じわじわと肉と氷柱の隙間から血が溢れ出していた。
兵士が手を離した事で、意識が無いアルブレヒトの体が崩れ落ちる。地面に落とされる前にローラントは彼を左手で抱え、右手の剣で兵士の首っこを掻き切った。
絶叫していた男の声が止んだ。
「大丈夫かアルブレヒト……?」
その場にしゃがみ、腕の中の彼に声を掛けてみるが反応は無い。苦しげだが胸は上下に動いているので、生きている事は判った。
しかし生きていると判っただけでも、ローラントは安堵した。
「ローラントさん後ろ……!」
シリルが叫ぶ。
ローラントの後ろにはまだ囲んでいた兵士がいたのだ。彼らは剣を片手にローラントに飛び掛かる。もう残す兵士達も彼らだけ、焦りと恐怖だけが兵士達を突き動かしていた。こうなったら一人でも多く道連れに殺そう、と。
ローラントは目を細め、動かなかった。
「 燃ゆるは灰塵 紅蓮の抱擁 」
一人の黒ずくめの男を中心に火花が散る。収まり切れず溢れ出した炎。深夜だというのにその場だけ煌々と赤く輝いていた。
遠く離れているというのに、ローラントでも肌で感じられる程の熱気。
肺に一度入れば噎せ返りそうな熱さだ。
「 絶するは凄烈の炎魃
告げよ汝が名を 」
赤い瞳をした黒い獅子の赤い刀身から、鮮やかな赤が放たれる。
目が離せない程に綺麗な炎だとローラントは思った。炎と同じ赤の瞳と彼は目が合う。
一直線に放たれた炎は兵士達を背中から、そしてアルブレヒトを抱えたローラントすらも真正面から飲み込んだのだった。
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