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荷馬車の主に礼を言い、ロゼッタ達三人はカシーシルに降り立った。
シリルの話では、ここから王都まで残り2日程度。しかし、食糧などの都合でどうしてもここに寄る必要があった。しかし、必要な物を買って今この町を出ても夜までに次の町には辿り着けない。
「とりあえず、今日はここで宿を取りましょう。ずっと馴れない野宿で辛かったですよね」
「ううん、平気よ」
ロゼッタはそう言うが、実際の所かなりの疲労が溜まっていた。馴れない……というより、生まれて初めてする野宿生活は、楽しいと感じるよりも先に苦労を感じたのだった。
地面が固くて寝づらいのもあるだろう。最初の頃は地で寝る事に抵抗があり、毛布に包まっていても、なかなか寝付く事が出来なかった。
今日は久々にベッドで眠れる、そう思うと何だかベッドの有り難さが身に染みた気がした。
「私は王都と連絡を取るので、少し出掛けてきます。その間ロゼッタ様は町を見ていたらどうでしょうか?」
「大丈夫なの?」
「問題はないと思いますよ。折角アスペラルに来たのですから、王都だけでなく地方の町を見た方が良いでしょう。アルブレヒト、頼みましたよ」
「うむ」
アルブレヒトの返事を聞くと、シリルはその場を離れていった。あっという間に人込みに飲まれ、彼の姿は見えなくなっていった。残されたのはロゼッタとアルブレヒト。
どうすれば良いのか分からないロゼッタは彼を見るが、無言で後ろに立っているだけ。
「どこ行こう?」
「ロゼッタ様の好きな所へ」
「好きな所って……」
とは言っても、初めて来た町に何があるのか知っているわけがない。近くに市場があるせいか、とても人が多く賑わっているのは分かる。
「とりあえず、歩きましょうか。見るだけでも楽しそうだし」
肯定の合図としてアルブレヒトは無言で頷いてみせた。それを見たロゼッタは、ゆっくり町を探索する事に。歩く彼女の後ろをアルブレヒトはついて行く。
途中、何故隣ではなく後ろを歩くのか彼女は聞いたが、使用人だからという返事が返ってきた。
彼女にしてみれば後ろにいられては、話したりするのが少し大変だった。それに一緒に町を見て歩いているというのに、これでは一緒に歩く意味がない。
「まだ私は継ぐ気はないって言ったでしょ。そこまで畏まらないで」
「でも、陛下の子女。それは事実」
ロゼッタも引かないが、アルブレヒトも一歩も引く気配は見せない。
立場によるこういった隔たりが、心の隔たりでもあるみたい、とロゼッタは思った。結局は彼は使用人という立場を使って、ロゼッタとは一線引いている様にも見える。それが彼女は純粋に悲しいと感じた。彼とは歳が近い。本来ならば、こういった会話も口調も必要ない筈だった。
それに、アルブレヒト本人は気付いてない様だが、彼が必要としているのはロゼッタではない。魔王陛下の娘のロゼッタだ。結局は、ロゼッタ自身を見ていない。
「でもねアル、私は私よ」
「?」
「父親が王だとか、そんな事関係なく私はロゼッタなの。アルだってどんな立場でも、どんな格好でもアルはアルでしょう?」
「……うむ」
ふいを突かれたせいか、それとも理解するのに時間が掛かったのか、アルブレヒトは少し遅れて返事をした。不思議そうな瞳を、彼はロゼッタに向けている。
「私は十七年前に偶然王の娘に生まれただけ。それだけなの。でも私には関係ないわ。生まれに関係なく、尊敬とか畏怖って感情は人を知ったその後に来るものよ。だから、何が言いたいかって言うと……うーん」
その時思いついていた事を次々と言っていただけのロゼッタは、結局何と言ってまとめるか考えていなかった。話しているうちに何だか小難しい話になってしまった気がする。
結局自分が言いたかった事は何だったか、で考えると結論は一つだった。
「えっと……そう、私をあまり『王の娘』として見ないで欲しいわ。今までどうせ村娘だったんだから。私は私、ただのロゼッタよ。それ以上でもそれ以下でもない」
「……」
黙ってしまったアルブレヒト。内心ハラハラしながら、ロゼッタは彼の言葉を待った。分かって貰えなかったら、それはここで終わり。この隔たりがずっと変わりないに違いない。
ロゼッタとしては、折角歳が近いのだから良き友人関係を築きたいと考えていた。
「難しい……」
「そう、ね」
「……けど、努力は、します」
それがアルブレヒトなりの答えだった。
だが、それを聞いたロゼッタは嬉しかった。別に完全な理解を求めているわけではない。ただロゼッタは自分の考えを知って欲しかった。それを知った上でどうするかは彼次第だろう。
「ありがとう、アル」
旅の途中では全く見る事が出来なかったロゼッタの満面の笑み。だが、自然と彼女は笑っていた。アルブレヒトに向かって。
「……うむ」
アルブレヒトから少し照れた様な返事だけが返ってくるのに、左程時間は掛からなかった。
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