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「口を挟む様で申し訳ありません、ロゼッタ様」
「何?」
ロゼッタとアルブレヒトの会話を微笑ましく聞いていたシリルだが、ロゼッタの言葉に急に口を開いた。
「……やはり、継ぐ気はないのですか?」
魔王陛下に仕える彼としては、当然の疑問だろう。今後の国の先導者がかかっているのだから。そして、彼がアスペラルからアルセル公国へやって来た理由でもある。
しかしロゼッタはキッパリ「ないわ」と、もう一度言い放った。彼女にしてみれば、突然魔王の継承者と言われてもピンと来ない。
村の教会で育った彼女には、荷が重過ぎるのだ。
「私に王は無理よ。文字は読めるけど、ろくに文字書けないもの」
村にいた頃は幼い弟や妹達の世話をしていたので、あまり勉強は熱心にしなかった。それに文字を教えてくれる大人があまりいなかったのだ。田舎だったので、同じく文字が書けない大人も沢山いたのも理由だ。
何とかシスターのお陰で読む事は多少出来るのだが、書く事は未だに苦手としていた。自分の名前と物の名前なら何個か書ける。しかし、本があまりなかったという事もあり、文法的な事は皆無だった。
「看板とか簡単な字だったら読めるけど、手紙は上手く読めないわ。本だって。字も書けないし……それに私は王様が何をしたら良いか、具体的に分からないわ」
王とはつまり国を統治する者。国政、外交などをしなくてはならない。全てを一人でするわけではないが、それらは王の手腕にもかかってくる話だろう。
文字も書けない様な私に務まる筈ない、とロゼッタは言う。
しかし、シリルはにっこりと笑った。
「大丈夫、そこは勿論分かっています。だから陛下は、ロゼッタ様の為に優秀な教師を用意してますよ」
「きょ、きょうしぃ?」
とても新鮮な響きだった。ロゼッタの住んでいた村に教師はいなかったので、まさか彼女に勉強する機会が訪れるとは彼女自身思わなかった。
勉強したくないわけではない。本を読んだり、手紙を書いたり出来れば、と思った事は何度もある。ロゼッタ自身、勉強に対する憧れに近い感情はあるのだ。
「えぇ。陛下は先日、それぞれの分野で秀でた者を呼び、貴女の教師をする様にと仰いました。ロゼッタ様には一般学問、マナー、魔術や兵法なんかも学んで頂きます」
「嘘……」
普通の学問には憧れるが、後半部分は普通に生きていく上で必要ないと感じるものだった。特に兵法なんかは村娘には必要ないだろう。
教育メニューはまさに王を育成する為のものの様だ。
「実は私も陛下に呼ばれまして、一般学問とマナーを担当する事となりました。よろしくお願いしますね」
「でも……私、それでも王になる気はないわよ?」
「良いと思いますよ、それで」
「え?」
彼からそんな反応が返ってくるとは予想外だった。ロゼッタに王になる様に、説得してくるものだと思っていたからだ。
「いきなり王になる様に言われても、ロゼッタ様だって戸惑いますよね。これからゆっくり、考えて下さっても良いんですよ。まずはアスペラルを知って下さい。きっと気に入ります」
「……そうね、そうする。もっとアスペラルの事知ってみるわ」
「それに勉強はしても無駄にはなりませんから」
「確かにそうね」
世継ぎと言われ、ずっと変に気構えていたロゼッタだったが、シリルの言葉で少しだけ軽くなった気がした。余分な空気が抜けて、今は落ち着いている。
彼の言う通り、まだまだアスペラルの事を知る必要は有りそうだ。王になる、ならないに関係なく、父親が治めるこの国を。
(そういえば……不思議。シリルさんと話してると、気持ちが穏やかになる……)
きっと彼が纏う、その穏やかな空気のお陰だろう。不思議と話しているだけで、彼は相手の警戒心や緊張を解いてしまうのだ。
(九つも違うから?うーん……シリルさんだから、かしら?)
今より九つ年を取った自分を想像してみたが、彼の様にはなれなさそうだ。
結局彼の優しいや穏やかさはシリル自身だからこそ、という結論にロゼッタは至った。
「ロゼッタ様」
「どうしたのアル?」
「町にそろそろ着きます」
三人の目の前には、人で賑わう町が広がっていた。村からあまり出た事がないロゼッタは、その賑わい目を見開く。
ここはアスペラル王都への中継地、カシーシルだった。
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