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* * * 場所は移り、数刻前の事。
「止まれっ……!」
そう言って黒髪の青年が手綱を引いた為、疾走していた馬はヒヒンッと声高く嘶(いなな)いて停止した。
場所は王都に程近い場所。しかし通りからは外れ、草の茂る獣道の様な道を馬で駆けていた。黒髪の青年が馬を止めたことで、後から来た二頭の馬も止まらざるをえなかった。
「なに? どうしたの?」
後から来た馬に跨った金髪の青年が不思議そうに黒髪の青年を見る。
黒髪の青年は言葉で返さなかった。その代わりに、とある方向を指差す。その指の先を目で辿ると、行軍が列を成して進んでいた。
その進路は黒髪の青年達が来た方向である。
「軍師、あれは……」
遅れてきたもう一人の藤色の髪の優男は遠くに見える行軍に言葉を無くした。
「援軍が出立してるね。だけど何であんな仰々しいのか」
軍師と呼ばれた金髪の青年は懐から出した望遠鏡を覗く。あんな遠くの行軍だが、魔石入りの望遠鏡で覗くとまるで近くで見ているかの様に感じる。
すると金髪の青年の表情が強張った。
「……シーくん、急ぎ宰相に連絡を」
その後、手紙を持ったハヤブサが三人の元を飛び立ったのだった。
* * * 城の敷地から出たロゼッタ達はとにかく城下町を目指して走っていた。きっと今頃はロゼッタ達が城外へ逃亡した事が発覚している筈。
城と城下町は目と鼻の先。木を隠すには森へ。人が多い城下町に一度紛れ込めば、追手も撒けるだろう。
先頭は土地勘のあるローラントが自ら志願した。
「ねぇ……このまま城下町で良いの? むしろアスペラルに向かった方が良いんじゃ?」
横を走るノアに息を切らせながらロゼッタが尋ねた。
ロゼッタでも付いていける速度で走って貰ってはいるが、体力的には差がある。それにスカートでは思いっきり足を伸ばせない為、とにかく走り辛かった。ヒールの無い動き易い皮靴を履いてきたのがせめてもの救いだが、それでも木の根に躓きそうになる。
「僕も、アスペラルに帰りたいけど……文官さんと合流しなきゃいけないから」
「シリルさんと?」
そういえばこのアルセル公国へ来た時、アルブレヒトとノアの他に保護者役にシリルがいた。二人と再会してからのんびり話す時間は無かったので聞かなかったが、ずっとシリルの姿が見えないことは疑問に思っていた。
シリルは今城下町にいるのかと問うと、いるかもしれない、とノアは曖昧な返事を返した。
「まだいるかは分からないんだよね……文官さんとは一度別れて、ベルシアで会おうって約束したから」
ロゼッタが誘拐されたと発覚した後、アルブレヒトは単独で乗り込むと言い出した。勿論シリルは止めた。シリル自身は頼りになる応援を呼んでから、救出に動いた方が良いと意見したからである。
だがアルブレヒトは首を縦には振らなかった。その為、応援を呼びに行くシリルが戻るまで無茶はしないと約束をしたのだ。そして応援とシリルが到着したら、ロゼッタ救出に動くという手筈だった。
しかし、近日中にロゼッタが処刑されるという憶測を立てたアルブレヒトは、シリルを待つこと無く行動に移したのだ。それで今に至る。
ノアは単なるアルブレヒトの付添人だという。
「……そろそろ到着しても良い頃合いなんだけどね」
シリルとは連絡を取る手段が無いから、現在彼が何処にいるかは定かではないらしい。
「じゃあ、まだシリルさんがベルシアにいなかったらどうすれば良いの?」
ロゼッタの疑問は最もだった。勝手に動けば入れ違いになる可能性があるが、だからと言ってこの追われている状況で王都に留まり続けるのは難しい。
何処かに潜伏するのが一番良い、とノアは呟いた。しかし問題はこの王都に全く詳しくないということである。
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