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「ノア、退路を確保したらしいけど……で、その退路はどこ?」
先程アルブレヒトはノアが退路の確保していると言っていた。しかし、連れて来られたのは変哲もない城の一室。出入り口は三人が入ってきた扉と大きな窓。
そこで、ふととある考えがロゼッタの脳裏を過った。まさか、と思いつつもノアならやりかねない。
「……まさか、窓から……?」
「姫様正解」
無表情でノアはぱちぱちと拍手した。そして彼は窓を開ける。
よく見れば室内にあったベッドの足には、シーツを長細く切ったロープ状のものが結ばれており、それが窓の外まで伸びていた。シーツ、カーテンなど室内にあった布地で作成したらしい。
安全面は大丈夫なのだろうか、とロゼッタは呆然と考えた。
「……まぁ、二階だから必要無いと思ったんだけど、姫様がいるしね」
ノアの口振りからは彼女がいなかったら、ロープ無しで飛び降りると言っていた。彼にそれが可能なのか甚だ疑問だが、ここで口に出すことは無かった。
アルブレヒトもローラントも特に何も言わないということは、彼らはこれで良いのだろう。
アルブレヒトは窓際に近寄ると、窓の外を覗いた。
「今、敵は無し。降りるなら今が最適」
敵の姿も気配を無いことを確認した彼はロゼッタを振り返った。主人の意見無しでは勝手に動けない。まるで犬の様に彼はロゼッタの返答を待っていた。
ロゼッタも分かっている、これが一番いい方法だと。しかし、二階の窓から降りるなんて経験は今まで生きてきて一回も無い。それに今の服装はスカート。本当に大丈夫なのろうか、と不安だった。
「しかし、裏門に近い場所に降りられても門番がいるだろう。ああ、えっと……」
大人しく黙っていたローラントが口を挟んで来た。
そこで未だお互いに名前を名乗っていなかったことにはたと気付いた。
「アルブレヒト。アルブレヒト=ハンフリー……ロゼッタ様の側近」
「アルブレヒトか。私はローラント、だ。好きに呼んでくれて構わない」
ローラントが手を差し出すと、アルブレヒトは少しだけ目を瞬かせた。あまりにも友好的な彼の態度に少なからず戸惑いを見せているようだ。だが、アルブレヒトも手を出して握り返したのだった。
ノアは面倒だったのか自己紹介はしなかった。代わりにアルブレヒトが簡潔にノアの名前と役職をローラントに教えるだけに留まった。
「……ローラント、門番はいない。今は寝ている」
成程な、とローラントは納得した様に頷いた。方法はどうでもいいが、侵入経路が容易に彼には想像できたのだろう。
「ならば、殿(しんがり)は私が務める」
ロープが一本である以上、一人ずつ降りるしかない。そして最後まで部屋に残るということは、兵士達が部屋に押し入ってきたら一番危険と言える。だが、それを自ら志願したということはそれなりの覚悟が有り、先程のアルブレヒトとの約束を守ろうとしているのだろう。
それからアルブレヒトとローラントが話し合った結果、アルブレヒト、ノア、ロゼッタ、ローラントの順で降りる事になった。アルブレヒトとノアの二人が先に降りるのはロゼッタの安全を確保する為。
今のところ敵の姿は無くても、何があるかは分からない。
「では、自分が先降りる」
そう言って窓に腰掛け、ロープを手に取る。身軽とはいえ命綱はシーツで作ったロープ一本。正直心許なかった。
「アル、気を付けてね」
気付けばロゼッタは心配そうに彼に声を掛けていた。うむ、とアルブレヒトは彼女に向かって頷く。ローラントにはそれは彼が初めて見せる柔らかい表情だった。きっと本人達も気付いていないだろう。
「ロゼッタ様も気を付けて降りる。もし落ちそうになったら、自分受け止める。だから落ちても大丈夫」
安心してと彼はロゼッタを見つめて言った。きっと彼なりのロゼッタを気遣った言葉なのだ。彼を信じよう、とロゼッタは力強く頷いた。
それからアルブレヒト、ノアを緊張の面持ちでロゼッタは見送った。二人は軽々とロープで降りていき、今のうちだとロゼッタに合図を送る。スカートでは足元が不安だったが、意を決したロゼッタは恐る恐るロープを降りていき、何とかアルブレヒトの手助けもあって地面へと降り立ったのだった。
その後、ローラントも無事に合流。
四人は裏門から城下町へと落ち延びたのだった。
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