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「で、姫様。さっきから気になってたんだけど、それは何?」
白く細長いノアの指が差したのは勿論ローラント。口に出すことはなかったが、気になっていたのはアルブレヒトも同様。
これから彼は半ば無理矢理アスペラルに付いてくる。下手に隠しても後から余計な面倒を起こすだけだ。ここで隠しても仕方ないと感じたロゼッタは、ローラントについて説明することにした。
彼は人間だがロゼッタに付いてくると決めたこと、脱走の手伝いをしてくれたこと、腕は立つことなど。出来るだけ彼のイメージが良くなるものを話した。
ローラントがロゼッタを誘拐した人物という事実だけは、話さなかったが。
「それで、アスペラルに一緒に来ることになったの。えっと、二人は反対……?」
無表情が標準装備なアルブレヒトとノア。ロゼッタの話を聞いてる時も相変わらずの無表情だった為、彼女には二人が怒っているようにも見えた。だからこそ、おずおずと尋ねてみた。
「僕は別に気にしないし。それには興味も無いから」
勝手にすれば、とノアは言う。人間、そして騎士の男には研究対象になりそうな特徴が無い。ノアにとってはローラントが付いて来ようが野垂れ死のうが、心底どうでも良い話だった。
とりあえずノアは了承してくれた、ととって良いだろう。
次にロゼッタはアルブレヒトを見た。駄目だろうか、と上目遣いでちらちらと彼を見ると、珍しくアルブレヒトは溜息を一つ吐いた。
「……自分は、ロゼッタ様の言う事、反対出来ない」
それは彼とロゼッタの身分と立場を踏まえての見解。しかし、そこには彼自身の気持ちは含まれていなかった。
何となく彼の表情が言動から、素直に賛成出来ないことは窺えた。
それはそれでしょうがないとロゼッタは思う。元々敵国の人間を味方として迎えたいと、無理を言っているのだから。いくらアルブレヒトでも容易に受け入れられない。
それに、アルブレヒトは一度だけ彼と剣を交えている。はっきりと敵対したことがあるのだ。
「でも、アルは反対だって思ってるの?」
「…………」
彼の本音を尋ねてみると、否定の言葉も肯定の言葉も出なかった。多分、この沈黙は肯定ととって良いのだろう。
ロゼッタは苦笑した。魔族と人間の問題は一夕で解決するものではない。だからこそ、自分が今どれだけ彼に無茶な要求をしているか分かっているからである。
すると、ローラント一歩前に出てきた。
「……突然の事だ、私もすぐに受け入れて貰おうとは思っていない。それに、一度君には剣を向けている。だが、彼女への忠誠は真実。彼女にも君にも誠意を見せれば、受け入れて貰えるだろうか?」
真っ直ぐにローラントはアルブレヒトに問い掛けた。二人の視線がぶつかり合い、沈黙がしばらく流れた。ロゼッタははらはらと二人を見比べ、ノアは興味無さそうに見物していた。
すると、沈黙を破ったのはアルブレヒトの方だった。彼はローラントの意見に「うむ」と頷いたのだ。
ロゼッタは驚きの表情でアルブレヒトを振り返る。
「ロゼッタ様がそれで良いなら、自分も良い。ただ、ロゼッタ様に何かあったら……赦さない」
アルブレヒトの表情は険しかった。ずっとロゼッタの手を握っていたが、一層彼の手に力がこもる。
「肝に銘じておこう」
口にはしなかったが、もし裏切れば殺すと彼の瞳が言っている。それをローラントは読み取ったらしい。
「ね、ねぇ、そろそろ脱出しましょう。ゆっくりしていられないわ……!」
静かになった室内で、冷え冷えとした空気が流れつつあった。気を逸らせる為にロゼッタは少しだけ声を張り上げた。
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