アスペラル | ナノ
6


 ロゼッタが命令したわけでもお願いしたわけでも無いが、その後アルブレヒトとローラントは言葉を交わすこと無く残りの兵士達と戦い始めた。
 アルブレヒトは少しだけローラントをじっと見たものの、剣を向ける事は一度もなかったのだ。きっと彼女に聞きたい事は沢山あるのだろう。しかし状況が状況なだけに、疑問をぶつけることもなかった。
 ただ一つロゼッタが分かることは、アルブレヒトが加わったことで戦況が変わったことだ。
 廊下の片側の敵をローラントが、もう片側をアルブレヒトが受け持っている。ローラント程の剣技は無いが、素早く動けるアルブレヒトは敵を撹乱しながら柄で相手の鳩尾を殴ったりして気絶させていた。驚いたことに、アルブレヒトは最初に剣を投げて殺した兵士以外は命を奪っていなかった。
 ロゼッタは先程の失敗もあり、あまり前に踏み込むことは無かった。たまに彼女に向かってくる兵士もいたが、逃げ回っているうちに二人のどちらかが片付けてくれていた。

「ロゼ、あらかた片付いたが……まだ来る可能性がある」

 息を切らせながらもようやく残りの一人を切り、ローラントは呟いた。

「そうね、とりあえず早く撤退しましょう」

 アルブレヒトが加わったお陰で道は何とか開けた。
 外へ通ずる道はどっちだろう、とロゼッタが辺りをきょろきょろとすると、アルブレヒトがロゼッタの腕を掴んだ。

「退路、兄上が確保してる。ロゼッタ様、こちらへ」

 彼の掴む力は痛いと感じる程だった。いつもは手を握る時は優しい筈なのに、今日はやけに強く掴んでいた。
 それから引っ張られる様にアルブレヒトに手を引かれながら、ロゼッタは廊下を走り始めた。ノアが用意しているという退路に向かって。ローラントは二人の後ろを走って付いてくる。
 走っている最中も、アルブレヒトは決して彼女を掴む手の力を緩めようとしなかった。

「……ローラント、大分騒ぎになってきたけど……アルセル王は追ってくるわよね?」

 ちらりと後ろを振り返り、ロゼッタは尋ねた。

「いや……どうだろうな。兵士は追ってくるだろうが、王は来れないだろう」

「え? それってどういう……」

 彼の言葉に引っ掛かったロゼッタは、どういう意味で言ったのか尋ねようとした。だが前を走っていたアルブレヒトが足を止めた為、彼の背中に思いっきり体当たりをしてしまった。
 アルブレヒトの背中にぶつけた鼻を擦りながら、彼の目線の先を追った。そこにあったのは変哲もない一室の扉。先程の廊下とは実は目と鼻の先だ。
 てっきり外へ向かっているものだとロゼッタは思っていた。

「ここに、兄上いる」

 そして早く入る様に促され、ロゼッタ達三人は室内に入って鍵を閉めた。
 中に入ると窓際の椅子に腰を掛けている人物が一人。青い髪に彫刻品の様に整った顔立ちの青年――ノアだ。彼はぼんやりと窓の外を眺めていたが、扉の開閉の音で気付いたらしい。
 扉の前に立っているロゼッタを見て、生きてたんだ、と珍しくも嬉しげに笑っていた。

「……まさか、姫様が生きてるとは思わなかった。もし駄目だったら『パーツ』だけでも持って帰ろうって考えてたよ」

 具体的な部位は言わないものの、殺されていたら遺体を持ち帰って実験に使いそうな勢いだ。ついロゼッタはホルマリン漬けにされる自分を想像してしまった。
 数日しか離れていなかったものの、相変わらずね、とロゼッタは深い溜息を吐いた。
 だが、生きてるからこそ検体になる。目的は違えどノアもロゼッタの生還をある意味喜んでいる様だった。

「逆に私はノアが助けに来てくれるとは思わなかったわ。普段なら、面倒になって来ないでしょう」

「そう? 僕としては観察に好都合だと思うけどね」

 自分基準、そして自分の欲求と衝動に素直。ノアはこういう男だ。例え自分の身が危険な場所だろうと研究の欲求には勝てない。
 彼の欲求はある意味清々しい程である。

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