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「何者だ……!?」
先にロゼッタの姿を発見したのは前方から来た人物だった。
どこかへ向かう途中だったと思われる衛兵が三人。いずれも体付きが良く、若いながらも兵士を生業としているのも頷ける。
この城内では異質なロゼッタ。彼女を見てすぐに彼らは城の者ではないと判断したようだ。
(やっぱり避けられない)
ロゼッタは苦渋の色を浮かべながら剣を構えた。
剣の構え方だけは最近何とか様になったところだった。教えてくれたのは勿論リカード。最初の頃は農具を持つ様だと鼻で笑われていた事が懐かしい。
実戦経験は皆無。彼女は素振りしかしたことがない。否、リカードは素振りと基礎体力作りしかさせてくれなかった。
参考になるのはリカードの剣を振るう姿やアルブレヒトが戦う姿。どちらもロゼッタにはレベルが高過ぎて参考にもならなかったが。
「おい、あれって……この前捕まえたっていう魔族じゃ?」
「銀の髪に青い目、それから黒い衣服……通達通りだな」
こそこそとロゼッタにも聞こえる程の声で、衛兵達は言葉を交わしていた。その間でもロゼッタからは視線は外さない。
どうやらロゼッタの特徴は事細かに全衛兵に伝わっているらしい。ということは、魔術が使えないことも知っている筈だ。
「俺は魔族が逃げた事を報告してくる……」
三人のうち一人は二人にそう言うと早々に戦線離脱した。
おおよそ予測はしていたが、面倒な事になったとロゼッタは眉を寄せた。一人を逃がしてしまった為、数分後には更に衛兵達が彼女を捕まえに来るのだろう。
ここは兎も角早く逃げるべきだが、目の前には体格の良い衛兵が二人。どちらもロゼッタに対して剣を抜いて向けており、ここで見逃してくれるということはなさそうだ。
(女の子相手に多勢に無勢って……卑怯よ)
実際の戦いに卑怯も何も無いのだから仕方が無い。だが純粋に剣術で勝てる自信は無かった。
しかし、ここで不安げな表情を浮かべたり、怯える姿を見せれば、彼らが強気に出てくるのが目に見えている。ロゼッタはそれらを決して見せず、堂々とした立ち姿で剣を構えた。
衛兵達はじりじりと彼女に寄っていた。
「近寄らないで……!」
剣を空で一度振り回し、ひゅんっと空を切る音を立てた。彼らの動きの牽制と、剣一本分の間合いを取る為だ。
多少は効果あったのか、彼らの動きが少し止まった。
あと一歩、とロゼッタは冷静に思考を巡らせた。
「……これ以上近寄らない方が身の為よ」
彼女が剣を構えながら思い出したのはリーンハルトの兵法の講義。例え真実じゃなくとも、時にははったりをかますのも一つの戦法だと言っていた。
「私の剣の師は……リカード=アッヒェンヴァルよ。死にたくないなら引きなさい」
表面上は平静を装っているが、ロゼッタには大博打だった。
リカードは仮にも一国の騎士団を預かる団長の一人。名前はそこそこ知れ渡っている方だと誰かが言っていた。
つまりは虎の威を借る狐というより、リカードの威を借るロゼッタといったところだ。彼に助けて貰うのは癪だが、利用出来るものは利用しなければならない。
実際のところ半分は真実。彼に剣術はほとんど教えられて貰ったことは無いが、父の予定ではいずれは教えて貰うつもりだ。それに素振りの仕方だけならリカード直伝である。
「黒獅子だと……!?」
意外と効果は絶大らしい。リカードの名前を聞いた途端、衛兵達は警戒する様に一歩引いた。
相手が女ということもあり今まで油断していたのが、相手が「黒獅子の弟子」と知ると、妙に警戒を始めた。国の騎士団長クラスとなるとやはり話は大きくなるようだ。
(さて、どうしよう……先の事考えて無かった)
衛兵達にはったりをかまして脅迫してみたものの、これ以降はノープランだ。
このまま斬りかかっても太刀筋でリカードの弟子ではない事が判明するだろう。しかし、衛兵から斬りかかって来られても、避けるのが精一杯な気がするのだ。
もういっそと急所でも蹴り上げて逃げるしかないかしら、とロゼッタは考えた。
「……何をしている」
しかしそんな彼女の思考を遮る男の声が背後からした。
(そうだ、後ろにもいたんだった……)
ロゼッタは前方にばかり気を取られていて、後方に気を配るのを忘れていた。後方からも誰かが来ているのは分かっていた筈なのに。
剣を衛兵に向けたまま、ロゼッタはちらりと後ろを盗み見た。その瞬間、彼女は目を見開いた。
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