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*** 質素というよりは殺風景という言葉が相応しい室内に、ただ静かにローラント=ブランデンブルクは立っていた。
ここは王宮内にある彼に割り当てられた部屋である。元々部屋の趣向など無い彼は、最低限のものしか部屋に置いていなかった。騎士、それも師団の一つを任せられている身でありながら、その生活はひどく地味なものなのだ。
彼の手には一枚の手紙。それを何度も彼は見返して表情を曇らせていた。
差し出し人はアルセル王エセルバート。
その内容はあっさりしたもので、ローラントに対する師団を率いての出兵命令だった。
この命令がいずれ下される事は予測はしていた。
ローラントは徐(おもむろ)に腰の剣をベルトから外した。
普段彼が腰に付けているのは黒い鞘の軍刀。所謂国からの支給品のようなものだ。装飾は少なく、実用性と切れ味を追求した剣である。
この剣は多くの場面で使用した。同族である人間も切ったし、魔族も何人も切った。ただローラントの冷酷な刃として今までその傍らにあったのだ。
しかし、ローラントはその軍刀を机の上に静かに置いた。
すると、室内にノックが響いた。彼が入室を許すと、年若い騎士が一人入って来た。ローラントの師団の一人で、つまりは部下の一人だ。
「団長、準備は完了致しました。廊下でお待ちしております」
それだけ伝えると部下は退室した。
出立までもう時間は幾許もない。ローラントは机の上に置いた軍刀をそのままに、壁際に飾ってあった一本の剣を取った。深い青に染められた動物の分厚い皮、差し入れ口と鞘の先は銀で補強されおり、細かい彫刻が施されている。
元々は戦功を上げた数代前の当主が、当時の国王より下賜された品らしい。そして二年前父の死に際に譲られた剣であり、父の誇りそのものだとローラントは思っている。
何か大切な事がある度にローラントはこれを持ち出していた。唯一、彼の宝と言って良い。
(父上……私は決して、後悔はしません)
表情を険しくして、剣を腰のベルトで固定した。これを最後に使ったのは二年前。魔族を牽制する為だった。
腰にはいつもの軍刀とは違った重さ。だが、どこか追っていた父に少し追い付いた気がして安心感があった。
(……父上の息子でいられたことが、唯一の誇りです)
そしてもう二度とこの部屋には戻らないだろうという気持ちの下、ローラントは部屋を後にしたのだった。
*** ロゼッタは無事難所である階段を抜けて、城の下層部まではやって来た。だがまだ一階ではなく、下層部ということで使用人の数は先程より一層多くなっていた。
(どうしよう……どこも通れない)
どうにか衛兵の目を掻い潜って道を変えても、城の使用人が忙しなく動き回っているのだ。どのルートも使用人に塞がれていると言っていい。
今こうして隠れられているのも奇跡だ。しかし、見付かるのも時間の問題だろう。
ロゼッタは静かに装飾の剣を鞘から抜いて、邪魔だと判断した鞘をその場に捨てた。
(どうする……ここから、やっぱ力押しで?)
推測すると今いるのは三階か二階部分。残りの道を全て力押して振り切って行く、というのが彼女の最後の手段だった。
しかし、と彼女は表情を渋くする。
衛兵の数を彼女はしかと見ていた。一人二人で移動している衛兵が殆どだが、仲間を呼ばれればすぐに囲まれる。囲まれれば、剣術は真似事程度の彼女に勝ち目は無い。
(……誰かを人質にして、とか)
二つ目の案を講じるが彼女には難しい選択だった。彼女が人質に取れる体格の人物など、ロゼッタの同じ位か年下の女性に限る。そういった年頃の女性はほぼ使用人だ。
しかし、下働きの少女なんかを人質にしたところで牽制になるか怪しい。国側が使用人を切り捨てれば人質の意味が無くなる。
あの王ならば平気で見捨てそうだ、とロゼッタは眉を寄せた。
(ここまで来たのに)
詰んでしまい、既にロゼッタは次の一手が打てなかった。
それでも諦めきれるわけが無く、ロゼッタは知恵を振り絞って考えた。最悪、剣を振り回して行くことも覚悟しなければならない。
そんな時、前方の曲がり角の先から足音が近づいてきた。数から二、三人はいるようにも聞こえる。
考えるよりも先に逃げなければいけないと、ロゼッタの足は踵を返そうとしていた。しかし、すぐに彼女の足は歩みを止める。
(うそ……)
遠く後方からもまた、足音が響いてきたのだから。段々と大きくなる音に、こちらに近付いてきていると気付くのに時間は掛からなかった。
挟まれていると気付いた時には既に遅く、逃げられる様な部屋も無いこの袋小路と化した場所で、ロゼッタは窮地に追い込まれたのだった。
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