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*** まだ朝も早い時間、ロゼッタは既に起床し窓の外を眺めていた。
時間が早い事もあり街はまだ活気付く前で、民家の煙突からは煙が上っていた。きっと朝食の用意をしている家が多いのだろう。
(……やっと朝が来た)
安堵した様に、それでいて緊張の面持ちでロゼッタは窓硝子に触れた。
彼女の今日の睡眠時間は仮眠程度だった。まだ日が昇る前に意識が覚醒してしまい、数時間これからの事を熟慮していた。
このまま更に一日をここで過ごせば、明日には処刑。
ローラントと話したあの日から、ずっと彼女は考えていたのだ。確かに彼に言った通りロゼッタは怯えなど無い。皆を信じているからという言葉は嘘でも無い。今でも彼らが来るのではないだろうか、とすら思えてくる。
しかし、自分はこのままで良いのだろうかと考えた。皆を信じているのは偽り無いが、甘えているのかもしれないと。
それから、彼らが来てくれる事は彼女の想像の範囲でしかなく、絶対とは限らない。
もし絵本のお姫様ならば、ここで素敵な王子様が助けに来てくれるのだろう。
そんな思考に至り、ロゼッタは苦笑した。
(一応お姫様って立ち場らしいけど……なんか、違うのよね)
アスペラルでは一応アスペラル王の娘――つまりは姫君に当たる。が、そんな自覚も無く、村娘時代は村や森を元気に駆けていたロゼッタの柄ではない。
(私は、絵本のお姫様みたいにいつまでもお淑やかに助けを待ってるなんて柄じゃないわ)
だから彼女は思った。今度は自分の手で、何十日掛かってでもアスペラルに戻ろうと。やるべき事がようやく形になって来たのだから。
ゆっくりと息を吐き、ロゼッタは室内を見渡した。数日過ごした部屋だが、ここは殺風景な部屋だ。あるのはベッド、テーブル、ベッドサイドの台。椅子は窓硝子を割られない為に無いという話だ。
他に目が付くものと言えば、テーブルの上の三十センチ程の燭台だろう。それを迷うことなくロゼッタは手に取った。
仮眠から覚めてから、ずっと脳内ではイメージを繰り返していた。どうしたら逃げられるか、この部屋を出られるかなど。彼女に出来る事など数少なくて、それでも何か行動に移したいというもどかしさがあった。
ロゼッタは唯一ある扉を見た。もう少しで朝食の時間だ。
ここ数日この部屋の人の出入りを彼女は観察していたが、食事は一定の時間に届けられるらしい。逃げる隙は特に人手が少ない朝の時間帯。それも、朝食が届けられる時が最良だと彼女は判断に至った。
一番危険だと思われている魔術は聖石の鎖で封じられている。そのせいもあってか、食事を運ぶのは普通のメイドが多かった。油断されているということだが、今のロゼッタには有り難い。
ロゼッタは燭台を握り直して扉に近付いた。
少しだけ、手が震えていた。それもそうだ。こういった経験など無く、殺す気は無くても、これから多少は手荒な真似をしたりしなければならない。殴ったりするのは人を傷付ける行為だ。
前までの自分であったら人を傷付ける行為を絶対に出来なかった。本当は今だってしたくない。
だが、覚悟は決めた。
自分が決めた道はこういう道なのだ。
優しい皆に甘えて、自分ばかり綺麗でいられない。
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