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「お父さんが自分の正義を貫いていたなら、ローラントも貫けば良いじゃない。自分の信じる正義とか道とか」
迷いも無くロゼッタはあっさりと口にした。
しかし、仮にローラントが自分の道を貫けば、どういう行動に移すかは明白だった。それは国や王の意向とは異なった方向。
「だが、私にはブランデンブルク家が……」
険しい表情でローラントは拳を握った。
彼とて貴族の端くれ。王への反逆は彼の処罰の他に、家をも没収するだろう。由緒あるブランデンブルク家に執着があると言えば嘘になる。近親は既に他界し、遠縁がちらほらといるだけ。それも当主の座を欲しがるような連中ばかりだ。
しかし、ブランデンブルク家にだって思い出はある。父がずっと守り続けていたというのもある。
簡単に捨てられるものではない。
「どうしても捨てられなかったら、それはそれで良いと思うわ。だったらそれを大切にすれば良いし」
家名や貴族、爵位など元村娘のロゼッタには関係なく、興味も無い。どれ程重要なものか理解する気も無かった。
「だけど、最終的に選ぶのはローラント自身だから一つだけ言わせて……家を理由にして逃げたら駄目よ。自分で答えを出すのを嫌がったら駄目」
ロゼッタの瞳には、彼が自分の中にある答えにわざと気付こうとしていない様に見えた。きっと父への憧れや家を守らなければいけない義務が、無意識に押し込めているのかもしれない。
だからずっと迷い続けて答えを出そうとしない。
ロゼッタは苦笑した。
「そっか、何となく今分かった気がしたわ」
「?」
敵対関係にあるローラントとこんなにも仲良く喋っていられる自分が、ずっと不思議で仕方が無かった。何故彼相手なら気さくに喋られたのか。
しかし、今理由が分かった気がした。
「ローラントは私に少しだけ似てるのかも。だからこんなに親近感があったのね」
ロゼッタ自身、教会の皆を理由にして一ヶ月答えを出そうとしなかった。ずっと踏ん切りがつかず、アスペラルに対して愛着が湧いているのも気付こうとはしなかった。
そんな自分の過去の姿が、今のローラントに重なって見える。
いや、もしかしたらもう一人の自分と言って良い。シスターに再会出来なかったら、今頃ローラントと同じ状況だったのだから。
「……私もずっと教会の皆が気掛かりで、アスペラルに留まる事を決められなかった。それに、私は王位を望んでいるわけじゃない」
今でもそれは変わらず、王位が欲しいとは微塵も思っていない。
床に座っていたロゼッタは、すっと立ち上がってローラントの前に立った。肩は軽く、背筋はいつもより伸びている気がした。
「だけど私でも何か出来る事があるなら、アスペラルの為に何かしたいって思い始めたの。まだアスペラルに来て日は浅いけど……アスペラルの事、段々と好きになってきたから。あの国が、いえ……あの国も私の祖国よ。何が出来るかはまだ分からないけど、でも、もう皆ことは家族だって思ってるの」
それにね、とロゼッタは言葉を区切った。
ローラントはそんな彼女を真っ直ぐに見つめ、静かに聞いていた。
「アルセルの教会の皆も家族よ。一緒に住んでいなくても……それは変わらない。気付くのが遅くなったかもしれないけど、私達は離れていても家族なの。だから、離れていても大丈夫」
もう彼女の言葉に迷いなど無い。
「……ローラント、ブランデンブルク家が取り潰しになったとしても、それでローラントやローラントのお父さんの誇りが全て消えるわけじゃない。ちゃんと記憶に残ってるでしょう。騎士の志が残るなら、確かにローラントは騎士よ」
そう言って窓の外を見る彼女の横顔は凛として、たった一か月前までは辺鄙な村の少女だったとは思えない雰囲気があった。いや、もしかしたら元からそういった素質を持っていたのかもしれない。
自分の立ち場や気持ちを自覚して、覚醒したと言ってもいい。
だからアスペラルに行く、という彼女の意思が言葉の端々に溢れていた。
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