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アスペラルとアルセル、両方の国を「祖国」と思っているロゼッタらしい考えだった。それでいて、彼女にしか出来ない考えでもある。
無知な自分がどこまで出来るかは、彼女自身分からない。何を具体的にすればいいかも正直分からない。
だが少しだけ曇っていた視界開けていた。
「君は凄いな。自分の生き方をちゃんと自ら決めているのだから。君の言う目標すらも無く……私は自分が何をしたいかすら分からない」
「騎士になったくらいなんだから、したい事はあったんじゃないの?」
ロゼッタにしてみれば騎士になることは並大抵のことではない。剣術も戦術も、きっと彼女の想像以上に努力して騎士になるものなのだろう。
ローラントにしろ、アスペラルの騎士のリカードにしろ、彼らは何か理由があって騎士という職を選んだ筈だ。
彼は少し考える様な仕草を見せた。眉を寄せ、渋い表情をしていた。
「……多分、いや、あった。私はただ、父のような立派な騎士になりたかっただけなのかもしれない」
「なりたかった?」
彼女の目線からしてみれば、彼はどこから見ても立派な騎士。何か違うのだろうか、とロゼッタは目を瞬かせた。
すると、分からないんだ、と一言ローラントは呟いた。
「流されて騎士団長になり、ブランデンブルクの家名を背負い、この国のために生きた……なのに、自分の道が信じられない。父の様にはなれないんだ」
先程アルセル王と対話をしている時、自分は父の様に王の命令を聞く事が出来ないと彼は悟ってしまった。それでも父の姿を正義と信じている彼は、王の命令に背くことが出来なかったのだ。
心の何処かでは、王の言う事に同意出来ないというのに。
「どんな人、だったの?」
「……自分の道と王を正義として、それを最期まで貫く様な人だった。だから私の父は自分の正義の為に戦い続け、英雄とまでなった」
鮮やかに残る背中をずっとローラントは追い続けていた。
ああなりたかった、そういう気持ちはまだあるのに、もうなれないという気持ちもある。自分の考えと父の考えを合わせる事がどうしても出来ないのだ。自分を押し殺してでも理想である父を追うべきなのだろうか、と彼は迷っていた。
「だが、駄目だと知りつつも王のためにアスペラルも祖国も戦火に包む事が……正義なのだろうか。父はきっと迷うことなく王の命令を受け入れるのだろう。しかし……」
自分には出来ない、したくないという気持ちが強かった。
「えっと、お父さんに憧れてるからって、それは絶対にアルセル王の命令を聞くっていうことなの?」
水色の瞳と目が合った。
彼女の何気ない純粋な問いに、すぐに頷く事が出来なかった。
「お父さんを憧れるのはいいことだわ。だけど、全てを真似したらお父さんみたいになれるものなの? それって形だけでしょう。貴方が真似すべきなのは、尊敬するお父さんの姿勢だったんじゃない? ただ憧れの為に、本心とは違う……納得出来ない命令を受け入れるのもおかしいわ」
真っ直ぐ射抜く水色の瞳が力強くローラントを見返している。
自分よりも五歳以上年下だというのに、こうも大切なことを気付かされるとはローラント自身思わなかった。
要は彼女の言っている事は、ローラントは今まで父の猿真似をしていたということ。しかし、否定出来ない。むしろ彼は同意するしかなかった。
「ならば、今更どうしろと言うのだ……私にはブランデンブルク家を背負う義務がある」
まるで縋る様なローラントの切迫した様な声。
今の自分は何て滑稽だろうか、とローラントは心の中で自嘲した。まだ成人もしていない少女にこんな事を聞いているのだから。それでも答えを欲していた。
確信は無いが、どこかこの少女ならば自分の欲しい答えを与えてくれると思えたからだった。
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