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ロゼッタの処刑話については朝から城中の至る所で持ちきりだった。その前から魔族が捕らえられたという噂は広まっていたのだから、当然と言えば当然だろう。
そんな話を直に噂で聞いていながらも、ロゼッタの表情にはあまり悲壮感は見られなかった。
逆にローラントに圧し掛かる罪悪感は彼の表情を曇らせていた。
「どうしたの? あなたの方が辛そうな表情よ?」
処刑されるのはロゼッタの方だというのに、まるでローラントが処刑される様な表情だ。ロゼッタは再び苦笑して、ローラントを座ったまま見上げた。
「……そう、だろうか? だが、こんな筈では無かった」
ローラントは自分の顔に触れ、自分でも不思議そうに呟いていた。彼女の処刑にここまでショックなのだろうか、と。
今まで彼に何があったか知らないロゼッタ。彼女も不思議そうに彼を見ていた。
「……陛下は三日後、君を処刑する予定だ。首を切った後は見せしめに前線に首を投げ込むと言っている」
正式な通達ではないものの、これは彼が王から聞いたもの。殆ど正式な予定と言っても良い。
言った後にローラントは後悔した。すぐに正式に通達されるとはいえ、これを彼女に自分が伝えるべきではなかったと。もしここで泣き喚いても怒り狂っても、彼はただそこに立ち尽くすしかない。
ローラントの言葉を聞いたロゼッタは最初、驚いた表情をして固まっていた。
しかし、そう、とだけ呟いて大して何か行動を起こすということはない。
「恐ろしくないのか? 首を刎ねられるんだぞ? 自分の死が、どういったものか分かってるのか……?」
そんな彼女に苛立ったように、珍しく早口で彼は捲し立てた。本当ならば彼に苛立つのはお門違いで、彼自身責められた方がまだ精神的に楽だった気がした。
しかしそんな彼の心境など知らぬロゼッタはきょとんとした表情をしていた。まるで怯えなど無い。
「どうしてって……皆を信じてるから。いつもいつも何だかんだ言って、皆が助けに来てくれるの。だから、怖くない。絶対に死なないもの」
彼女の言葉は希望ではなく、確信に近いような自信のある言葉だった。
言葉も瞳も微塵の揺らぎも見せない。その瞳には怯えなど映していなかった。
「うーん、これじゃ他力本願かな。でも死なない。それにロゼッタ=アスペラルとして、まだやらなきゃいけない事があるんじゃないかって思い始めてきたから」
昨晩の王の晩餐からずっと部屋に一人だった。その時間は寂しくも怖くもあったが、彼女に冷静にものを考える時間を与えてくれた。
昨日のロゼッタ=グレアとの決別で、彼女の中では一つ区切りがついたのだ。前を向いてずっと今すべき事、彼女がしたい事を考えていた。心の整理をつけるのにも最適だったのだ。
一ヶ月ぬくぬくとアスペラルで大切に保護されていた。だが、昨日の出来事で人間と魔族の間の深い蟠(わだかま)りの断片を彼女に垣間見せた。今まで魔族と人間の諍いを間近で見た事がなかった彼女は、あまり現実として受け入れてはいなかったのだ。
しかし、昨日ようやく深刻な状況を受け止めた。その時、少しだけ自分のしたい事が見えた気がしたのだ。
アスペラルを貶されて抱いた感情は決して偶然ではない。
「だから、まだ死なないわ」
自分に言い聞かせるようにロゼッタは言葉にして呟いた。
それがシスターの言う「自分の進むべき道」と信じてやまなかったからだ。
随分と一日で表情が変わったものだと、ローラントは思った。彼自身はこんなにも苦悩しているのいうのに、当事者であるはずの彼女は清々しいほどだ。
真っ直ぐに見る彼女の水色の瞳は、初対面の時に見た毅然とした目だった。あの時は若干の怯えを含んでいたが、今は一切無い。
「……君は良い王になれたのだろうな。そんな気がする」
そんな素直な感想がローラントの口をついていた。
王に必要なものは勿論多くあることは彼でも知っている。しかし、元々村娘だった筈の彼女を見ていると人を惹く様な何かが見えた気がした。
「だから、死ぬって決まったわけじゃないわ。それに王になる気もない。ただ、ロゼッタ=アスペラルとして生きてするべき事をしなきゃいけないって気がしたの。具体的に言うと……アスペラルとアルセル、両方の為になること」
良い王になれた、という過去形のローラントの言葉に彼女は苦笑した。
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