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数分後、ようやくアルブレヒトがノアの元へ戻ってきた。腕にはパンが抱えられており、きっと聞き込みの時にでも買わされたのだろう。
少し遅めの朝食には丁度良く、アルブレヒトもノアの隣に座り、二人でパンを頬張り始めたのだった。
「……で、何か聞けた?」
柔らかな白いパンを手で千切りながらノアが尋ねると、アルブレヒトは首を横に振った。
王の居城関連の詳しい話などなかなか難しいのだ。城に出入りしている者なら話を聞けるだろうが、そんな人物を探すのも骨が折れる。
「ふーん」
興味無さそうにパンを咀嚼しながら、ノアは遠くの王城を見上げた。昨日は夕暮れの中で見上げたが、青空の下で見上げても相変わらず存在感は大きい。
しかし、一つだけ昨日とは違う点があった。
「……あんな柱、立ってたっけ?」
パンを片手に、ノアは目を細めた。そんな彼を見てアルブレヒトもまた彼の目線の先にある柱を見つめる。
現在地からでも分かる様な長い柱が一本、城の近くに立っていた。分かり辛いが目を凝らすと、どうやらその柱は城の敷地内にあるようだ。昨日見た時は確かに無かった筈である。
「昨日、無かった」
アルブレヒトも昨日城を見たらしく、無かったと明言した。
「……お祭り、にしては雰囲気違うか」
祭りが何か関係しているならば、もう少し街が浮き立っても良い筈だ。それにこんな平和に見えて、今この国はアスペラルと国境沿いで争いを繰り広げている。
祭りを取り行うには、若干タイミングが可笑しい。兵を鼓舞するのが目的ならば、出兵前が妥当だろう。
だとすると、祭りが目的ではない様だ。
「もう行く。兄上、早く食べる」
柱の用途をぼんやりと考えていると、隣のアルブレヒトの横槍が入る。ちらりと横を見ると、既にパンを食べ終えているアルブレヒトがいた。
「早いよ……もう少しゆっくり食べさせてよ」
急かされているにも関わらず、もしゃもしゃと一定のペースでノアは咀嚼する。急ぐ気など微塵も感じさせなかった。
例えアルブレヒトが早くしろと言いたげな視線で訴えていても、彼は無視し続けた。
「兄上、早く」
「ちゃんと噛まないと、消化に悪いよ」
「早く」
言い訳をしてベンチから立とうとしないノアに業を煮やしたアルブレヒトは、結局ノアを引っ張る様にしてその場から離れたのだった。
それから街の大通りに戻り、二人は聞き込みを開始した。聞き込みと言っても、アルブレヒトが街の人に話を聞いたりするだけである。
ノアはその後ろでつまらなそうに欠伸をしているか、ぼんやりと街を見ているだけである。
「いやぁ、最近魔族が捕まったとかっていう話は聞かないなぁ」
これで何軒目かも分からぬとある雑貨屋にて、二人はその店の髭面の店主に聞いていた。やはりここでも魔族に関する話は聞いていないらしい。
店主は髭を撫でながら店の奥に居る妻らしき女性に尋ねたりもしたが、彼女から返って来た答えは店主と同じものだった。
ここも駄目だったか、とアルブレヒトは徐々に表情を暗くさせた。
「……城への、入り方とかは?」
「城?」
アルブレヒトの質問に、魂消(たまげ)た声を店主は出した。
「城なんて普通は入れないだろう。それこそ縁ある人か、王室御用達の商人くらいじゃないとなぁ。なんだ、坊主達は城に入りたいのか? どうしてまた?」
まさかここでアスペラルの姫君であるロゼッタを助ける為、とは言えない。アルブレヒトが答えに窮していると、ノアがぽんと彼の頭に手を乗せた。
「……この子が、魔族を捕まえたり討伐する城の騎士に憧れてるんだって」
アルブレヒトは目を見開いてノアを見上げた。彼がこんなにもアルブレヒトをフォローしてくれるのは珍しい。
ノアの返答に、店主はにかっと笑顔を見せて「そうかそうか」と感心した様な声を出した。魔族の事を聞いたのも、城への入り方を聞いたのも、ノアの嘘のお陰で彼の中では繋がったらしい。
今時偉いねぇ、と店主は感心するばかりであった。
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