アスペラル | ナノ
4

***


 王の居城では張り詰めた空気が流れているものの、その城下では関係無いことだった。今日も今日とて市場が競い合うように店を出し、商売を始めていた。通行人も多く、連日の賑わいを今日も見せている。
 そんな街中をセピア色の髪をした少年――アルブレヒトは新聞を片手に歩いていた。その後ろをフードを被ったノアが暑そうについてくる。

 新聞は先程近くの露店で買ったものだ。こちらの情勢には疎く、ロゼッタに関連する記事が何か載っているのではないだろうか、と儚い期待を抱いたからだ。
 しかし、アルセル公国の新聞を見てアルブレヒトは僅かに眉を寄せた。アルセル公国で使われている文字が読めないことを失念していたのだ。
 アルブレヒトは後ろを歩くノアに無言で新聞を手渡した。

「……本当、何で買ったの」

 今更そんな問いを投げ掛けられても困る。気付いていたならば買う前に是非言って欲しかった。
 ノアは歩きながら器用に新聞を広げた。他の通行人はそんなノアを迷惑そうに見ているが、本人は微塵も気にしていない様子だ。

「……特に、姫様関連の記事なんて無さそうだけど」

 断片的に読んで、ノアはつまらなそうに呟いた。ノアも完璧にアルセルの文字が分かるわけではないがある程度なら読める。読める単語を拾っていき、行き着いた結論がそれだった。

「姫様が連れ去られて三日、そろそろ何かしら行動は取ると思うけどね」

 ロゼッタは表向きは一応アスペラル王の後継者にして姫君。逆に大々的に話題になって無い方が違和感がある。三日も経てば、変な噂に尾ひれが付いて大騒ぎになっていても可笑しくない頃だ。
 だがロゼッタの存在を隠しても意味が無い。秘密裏に消したというならば、話は別だが。
 しかし、ロゼッタの身を異常に案じているアルブレヒトの前でその事を言うのは憚られた。

「そろそろ休みなよ。ずっと歩きっ放しだし、あんまり寝れなかったでしょ」

「……いい。手掛かり探す」

 珍しくノアが労わりを見せたものの、アルブレヒトは頑なに首を横に振った。そんな彼の目の下には薄らと隈が見えた。
 宿は取ったものの、アルブレヒトはずっと何かを考えているようで、まともな睡眠をあまり摂っていないようだった。寝不足とは縁遠い筈の彼に、疲労の色が見えていた。
 彼は変な所で強情だと思いながらも、これ以上掛ける言葉がノアには無かった。労わり方というものがよく分からず、どうすればアルブレヒトを休ませてやれるのかも分からなった。もしシリルやリカードがここにいたら、彼らなりに上手くアルブレヒトを扱う事が出来るんだろうが。

 ふう、とノアが溜息を吐いたのも束の間、アルブレヒトはふらふらと見知らぬ店主に近寄り話を聞いていた。
 そんな彼をノアは近くにあったベンチに座りながら眺めることにした。

 少しだけ二人の間にぎこちない空気があるのだ。発端は勿論昨夜の言い争いである。ノアがロゼッタを連れ出したせいでこうなった、とアルブレヒトが一方的に彼を責めたのだ。

 それについてノアは否定はしなかった。事実、半分はノアの責任でもある。だからその責任を果たす為にアルブレヒトに同行して、アルセル公国の王都まで遥々やって来たのだ。
 本当にそれだけの話。ノア自身ロゼッタがどうなっても興味など無く、今死んでいようが生きていようがどちらでも良かった。死んだら観察が出来なくなってそれは少し惜しいが、それだけである。

 目線を上げると、まだアルブレヒトは違う店主と話をして聞き込みをしていた。
 そこまで必死になれる理由が、ノアには相変わらず到底理解出来そうになかった。

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