アスペラル | ナノ
3


 ローラントは騎士だ。その事は彼自身自覚はしているし、誇りに思う。騎士としてアルセルの為になることは名誉だ。
 本来ならば敵国の王や近親の者を討ち取れば、英雄として讃えられるだろう。

「ロゼッタ=グレアの処刑が上手く行けば、捕まえたお主に褒賞を与えよう」

 普段ならば光栄と思える王の言葉に、ローラントは言葉が出なかった。
 本当はそれは違うとはっきりと王に言いたかった。しかし、そんな勇気が彼には無く、また彼自身も迷いが生じていたのだ。
 国や王の為ならばここでロゼッタを処刑した方が良いのだろう。しかし、彼女を処刑した後を考えるとどうしてもその先に踏み込めなかった。

 そもそも騎士とは何なのだろうか、とローラントは思った。
 騎士は王と国の為にある。そんな王エセルバートの言葉は彼に取っては「絶対」の筈であった。しかし、王の為に争いを激化させるという選択肢に疑問があるのだ。

 ローラントは父に憧れて騎士になった。
 守りたいものの為に戦い、最期まで国に忠誠を誓った父。彼の生き様はローラントの中に鮮明に刻まれ、彼の生き方もまた父から多くの影響を受けた。父は自分とアルセル公国の進む道を正義とし、それを守ってきたのだ。
 ローラントにとって父は正義だった。だから、父を正義と言うならばここで王の命令を守る事が彼にとっての正義だ。

 明らかにローラントの中には矛盾だらけだった。
 父の背を追ってここまで来たというのに、頭の中では王の命令を飲み込めずにいる。
 何も言葉が出なかった。王に対して何か言うべき筈なのに、空っぽになってしまったかのように言葉が彼の頭には無かった。

 ただ唯一分かるのは、褒賞の為にロゼッタを捕まえたわけではないということだ。

「処刑は三日後の予定だ。そうだな……首を切った後は見せしめに、前線に投げ込むか」

 着実にアルセル王の中ではこれからの予定が決まりつつある。

「……陛下、お考え直し下さい」

 絞り出す様な声でローラントは懇願した。彼がただただ案じているのはアスペラルとの争いの事。前線で戦う騎士達や争いに巻き込まれる関係の無い人達も大勢いる。
 今自分が行っている行為が、傍から見れば愚かだということは理解しているつもりだ。しかし、それでも思い留まることが出来なかった。それが一層、彼に自身が騎士に向いていないことを自覚させた。

「暗愚な行いはよせ、ローラント」

 だが、ローラントの思いなど彼に届く事は無い。

「ここ二十年余りで大分我が国も疲弊した。これ以上の争いを避ける為にも、終わらせる必要がある。いたずらに争いを長くする方が、国を更に荒廃させる。そうであろう?」

 くっくっくと王は決まりきったことのように喉を鳴らして笑った。
 王の言う事が理解出来ないわけではない。王に比べたら彼の考えは感情に走った、短絡的な行動にしかならないのだから。

「捕まえたお主もこうなる事は予測の中には入っていただろう。何を今更迷う」

「……出過ぎた真似をして、申し訳ありません」

 歯が立たないと悟ったローラントは渋い表情のまま一歩引いた。
 王の言葉を否定出来ない。ロゼッタを捕まえた時、確かに処刑される可能性も予測はしていた。
 全ての要因は軽率な考えと行動。そして自分の中途半端な正義だった、とローラントはただ心の中で嘆くしかなかった。

「今日の事は目を瞑ろう。二度は無いぞ、ローラント」

 どうやら今日の行動については見逃してくれるらしい。二度目は無いと釘を刺され、自分が今危うい位置にいることを彼は再度認識した。
 それから重い表情でどうにか執務室を退室したのだった。

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