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「……ええ、そうね、気に入ったわよ」
立ち上がったままの状態で、ロゼッタは円卓の向こう側のアルセル王エセルバートを見下ろした。
ずっと感じていた「魔族の国」という違和感、そして「蛮族」という言葉。蛮族と言われた瞬間、体の血が全て沸騰するんじゃないかと思う程熱くなるのを感じた。
「アスペラルを……馬鹿にしないで」
その言葉を紡いで、ようやくロゼッタは確信した。今自分はアスペラルを貶められて怒っているということに。国だけじゃなく、父親や今までアスペラルで関わった人達も侮辱されたということも含めてだ。
エセルバートは言う、過ごしたのはたった一ヶ月だったと。
それはロゼッタ自身も不思議だった。長く感じたが今思うとたった一ヶ月離宮で暮らしただけ。それでも彼女には意味のある一ヶ月であった。
「……いやはや、交渉は決裂だな」
そう言いながらエセルバートはワインの入ったグラスを傾けた。
彼にとってロゼッタがここまでアスペラルを気に入ってるとは予測していなかったのだろう。だが、楽しげに口元に弧を描いた。
元々和気藹々とした空気では無かったが、二人の周りの空気は徐々に寒々としていく。ロゼッタは息を呑んだ。ここへ来た目的は生き残る道を探す為でもあるが、今起きている戦争を止める為でもある。
しかし、何となくエセルバートには戦争を止める気など毛頭無いことが窺い知れる。どちらかと言うと、アスペラルに勝つつもりだ。
「どうして、魔族を嫌うの? 戦争なんてすれば、お互い良い事ないじゃない」
何を今更言うのか、とエセルバートは彼女の言葉を鼻で笑った。
「小娘には分かるまい。こんな小国の事も政も」
分かる訳が無い。つい最近まで国家の体制も王の名前も、階級制度も知らなかったような片田舎の村娘だったのだから。
だが、それでも戦争をすれば一番の被害を被るのは国民だとロゼッタでも分かる。
「流石は魔族の姫君といえよう。蛮族でも、自国の民がそれ程大切か。低俗で野蛮な種族が」
「黙りなさい……!」
我慢出来なくなったロゼッタは咄嗟に被せるように叫んだ。肩をわなわなと震わせ、キッと睨め付ける。
「低俗とか、蛮族とか……そんな事はない。アスペラルは良い人だって沢山いるし、とても温かい国よ! アルは少し従順すぎるけど素直だし、シリルさんはいつでも他人にすごく優しい人……リカードは酷い事ばっかり言うけど仲間も家族も大切にする奴だし、リーンハルトは口を開けば変な事しか言わないけど妙に面倒見も良くて、ノアはよく何を考えてるのか分からないけど弟想いな人……」
魔族が低俗でも蛮族でもないことを、ロゼッタが一番知っている。一度爆発したら止まらない、捲し立てる様にただ王に向かって吼える様に喋っていた。
説明したところで彼にアスペラルの皆を理解して貰えるとは当然思ってない。これはただの彼女にとっての自己満足。だが、それでも言わなければ自分を納得させることが出来なかったのだ。
ああ、こんなに皆のことが好きになってたんだな、と喋りながらロゼッタは冷静に頭の片隅でそんな事を考えていた。
アスペラルに行ってから何だかんだ言って、彼らには守られ助けて貰って来た。何も返してやれない自分だが、今ここでは彼らを守る。それだけをロゼッタは感じていた。
「みんな、私にとって大切な人達なの! そんな人達を貶すのは絶対に許さない!」
その声だけが一際大きく、広間に響いたのだった。
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