アスペラル | ナノ
17

 先程は一度、アスペラルに生きて戻ると決意したものの、エセルバートの提案はロゼッタにとって実に魅力的だった。
 アスペラルが嫌になったのではない。むしろ今は好きだと思っている。
 しかし、どこか昔の教会に居た頃の平和な時間に戻りたい、という自分もいるのだ。

 そもそも、アルセル公国へ戻れずアスペラルに留まっていた理由は彼女が魔族だとバレたからである。アルセル公国では魔族の立ち入りは禁止、戻れば即刻捕まると思っていたから戻れずにいた。
 だが王エセルバートが直々に申しているということは、彼女のアルセル公国への立ち入りは許されたも同然。

「勿論、おぬしの生活に関してはこちらも全力で支援するぞ。おぬしを人間と認め、新たな戸籍も用意しよう。そうだ、教会にも寄付をやろうではないか」

 悪い話ではないだろう、と言われてロゼッタはこくりと頷いた。決して悪くない、むしろただの村娘にしてはかなりの高待遇。
 それにアルセル公国へ戻れば教会への寄付もしてくれる。それは教会の皆に今よりも裕福な生活をさせてあげられるということだ。子供達にお腹一杯好きなものを食べさせてあげられるのだ。
 優しい語り口調の王の話を聞いていると、段々とロゼッタの心は傾いてくる。
 それでも完全に心が傾かないのは、アスペラルに対する思いが理性となって彼女を引き留めていたのだ。

「魔族の国にいることなど、おぬしはせんでも良いのだ」

 そう言われると、そんな気もしてくる。どうせロゼッタは農村育ち、元々王になって政を行うなど無理があった。そう、自分より適任者もいるし、自分がいなくても良いのだろう。

「こちらに戻ったら、好きなようにするといい。誰も束縛はせん」

 王族や血縁の柵(しがらみ)も何も無い。束縛が無く、大好きな教会での自由な生活。夢の様だ、とロゼッタは思う。

「そう、ですね……でもどうして、そこまで私に……?」

 今日初めて会ったような小娘に、王がわざわざここまで手厚く歓迎してくれるのも可笑しい話。アスペラルに対する思いと、その疑念が彼女を思い留まらせていた。
 ロゼッタがエセルバートをじっと見据えると、彼はクックッと喉を鳴らした。

「なに、簡単なこと。おぬしを魔族の国から解放する為、そしてアルセルの為にも、手伝いをして貰いたいのだ」

 手伝いって、とロゼッタは首を傾げた。

「一度魔族の国へ戻り、おぬしには魔族の国の情勢やあちらの戦略などをこちらに流して頂きたい」

「……それは、スパイとして、情報を流せってこと……?」

 ロゼッタは水色の瞳を見開いて王を凝視した。彼女も馬鹿では無い。それがアルセルにとってどういう意味があるか、アスペラルがどうなるか容易に想像出来るものだった。
 エセルバートは肯定こそしなかったが、喉を鳴らしながらも否定はしなかった。しかしそれこそが、ある意味肯定を意味していたのだ。

「ば、馬鹿にしないで……!」

 激昂したロゼッタは立ち上がって息を荒げた。
 ずっと甘い話だと思っていた。しかし、王にとってこういった思惑があったのだからロゼッタに対して優しい提案をしてくれたのだろう。少しでも心を傾け、耳を貸してしまった自分をロゼッタは恥じた。
 すると、エセルバートは動揺せずに僅かに目を細めてロゼッタを見た。

「ほう、たった一ヶ月あちらに行っただけでも……随分と魔族の国がお気に召した様子。それ程蛮族共が素晴らしかったと?」

「……!」

 あぁ、こっちが彼の本性か、とようやくロゼッタは気付いた。
 そしてずっと彼との会話で感じていた違和感にも気付いたのだった。彼はずっとアスペラルを名前で呼ぶことはなかった。ずっと「魔族の国」だった。
 今なら何となく分かる、彼の言う「魔族の国」も「蛮族共」もつまりは見下した言い方なのだと。

(17/19)
prev | next


しおりを挟む
[戻る]

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -