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「確か、ロゼッタ=グレアとか言ったな?」
アルセルの王エセルバートはふいにロゼッタに尋ねた。
ちなみに今までアルセル王の名前は知らなかったロゼッタ。彼の名前がエセルバートということをついさっき知ったばかりであった。知ったところで、下の名前は恐れ多く呼ぶ事などないのだが。
ロゼッタはこくりと頷いた。
「生まれは此処らしいな」
「は、はい……南東の、オルト村です」
どこまで彼に喋って良いものか、ロゼッタは計りかねていた。しかしここで彼女が応えなければ会話が成立しない。
それに、この王は何となくロゼッタの身辺を事前に調べてあるような気がしたのだ。
「……魔族の国に大分近い村だな」
エセルバートの視線はどこか彼女を値踏み、もしくは品定めしているかのような瞳だった。決して気持ちの良いものとは言い難い。
だがロゼッタ自身にやましい事などなく、怯えたりすれば逆に彼の思う壺。動揺する素振りを一切見せず、ロゼッタはしっかりと王を見返していた。
水の入ったグラスを持つ手が、自然と汗ばんでいく。
「教会の住み心地はどうだ?」
先程から王エセルバートの質問は真意が見えない。
「……裕福じゃないけど、気に入ってます。教会の皆もいますし」
恐ろしいが、ロゼッタだけが尋問されるのはまだいい。しかし、この問いのせいで教会の皆にまで迷惑が掛かるのでは、と答えた後でロゼッタは危惧した。
彼女は自分の軽率で馬鹿正直な答えに後悔した。はぐらかす、という考えは彼女の頭に微塵も無かったのだ。結果教会の皆はロゼッタにとって「大切な者」と王には知られただろう。
この後王はどういう行動に出るのだろうか、とロゼッタはスカートを汗ばんだ手で握った。
「ほう、ならば教会に戻りたいのではないか?」
「え? あ……それ、は……」
心臓が大きく跳ねた。戻りたくないと言えば嘘になる。
しかし、ここでは正直に話すことが正解なのか、それとも嘘を話すことが正解なのか分からない。本来ならここには情報を得ることと停戦を求める為に来たというのに、最早答えに窮しそれ所ではなかった。
逃げたい、そう思っても彼女に今逃げ場はないのだ。
「安心せよ、儂はおぬしの味方だ」
エセルバートは幼子に語り掛ける様に、優しくロゼッタに言葉を掛けた。
ロゼッタは目を見開いて彼を見返す。そこには優しく微笑む王の姿があった。たった一人味方もいないこの心細い場所で、王の優しい声はロゼッタの弱っている部分を的確に突いていた。
「無理に連れて行かれた上に、王になれとは……些か理不尽であろう。おぬしはアルセルの民……儂の民にその様な窮屈な思いをさせる者は許せぬ」
気にせず戻って来るといい、という王の言葉はまだアスペラルに馴染みきって無い頃に望んでいた言葉。その言葉を掛けてくれる人は違うが、彼女の心を揺らがせるには充分な威力はある。
警戒していたロゼッタだったが、既に彼女の心は半分掴まれていた。
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