13
部屋に入るなり、ノアは持っていた荷物を勢いよくほっぽると、清潔とは言い難いベッドに倒れ込んだ。少ない手荷物は床に投げ出され、可哀想なことにそのまま放置された。
遅れてアルブレヒトも部屋に入り、室内を見渡した。
窓は北側に一つ。ベッドが二つと簡素なテーブルと椅子。飾りっ気など何もない。汚い部屋ではないが、年代物のベッドは座るだけで変な音を立てて軋んだ。灯りを点けなければ、夕方でも室内は暗かった。
値段が安いだけはある、とアルブレヒトは納得した。
「……夕食どうするー?」
歩き疲れたノアは枕に突っ伏しながらアルブレヒトに尋ねた。
こんな安宿で夕食が出る筈もない。後から食べに出る、とアルブレヒトは短く答えたのだった。
アルブレヒトも量の少ない手荷物を置くと、そわそわと窓の外を覗いた。日が傾き始めたからか、帰路につく者も少なくはない。
「兄上、自分外出る。ロゼッタ様の手掛かり、探す」
今すぐにでも外へ飛び出したいと言わんばかりの瞳で、アルブレヒトは寝転ぶノアに言う。
ノアは上体を起こすと、僅かに目を細めた。
「……落ち着きなよ。闇雲に探すつもりなの?」
頭をガシガシと掻きながら、ノアは欠伸を噛み殺した。彼のゆったりとした動作は落ち着いているというより、焦りを全く感じない。
彼にとってはロゼッタなどどうでもいいのかもしれない。だが、アルブレヒトにはそんな気持ちになれる余裕など無く、道中はずっと大人しかったが、気が気じゃなかった。
拳をぎゅっと握り、アルブレヒトは唇を噛む。
「でも、ロゼッタ様連れて行かれた。取り戻す」
「村の人の話が確かなら、今姫様は城でしょ。そう簡単に入れる所じゃないよ」
「なら、入れる場所探す」
意固地になっているアルブレヒトを見て、ノアはこれ見よがしに溜息を吐いた。
珍しく駄々をこねている彼に対し、特段ノアには兄らしい感情など持ち合わせていない。面倒臭そうな瞳を彼に向けていた。
「そして侵入したって、どうせ助けられない。姫様を人質に取られれば終わり。弟の技量じゃ騎士に太刀打ち出来ない」
そうでしょ、と何もかも見抜いているかの様にノアはきっぱり言い放つ。
アルブレヒトの剣の技量は、付き合いが長い分ノアも良く知っている。彼は弱くはない。しかし、騎士団の熟練の騎士と比べたら遥かに劣る。リカードに一太刀浴びせたことすら無いのだ。
アルブレヒトの俊敏さはかなりのものだが、力や経験、体格、技術全てが成長途中の彼には足りない。彼自身もそれに気付いてるらしく、悔しげに表情を固くしていた。
「分かったら、大人しく文官さんを待とう。僕らだけじゃ」
「兄上が、ロゼッタ様連れ出した……! そうしなければ、ロゼッタ様捕まること無かった……!」
僕らだけじゃ無理だよ、というノアの言葉を遮り、被せる様にアルブレヒトの激昂した声が室内に響いた。
いつもポツリポツリと喋る彼とは思えない声に、ノアは少しだけ目を見開いた。数年一緒にいるが、ここまで声を張り上げる彼を見たのは初めてかもしれない。
ノアが知っている範囲では、少なからず数か月前までのアルブレヒトはこんな事は言わなかった。きっとノアに口答えすることもなかっただろう。
「……そう、別に僕のせいにしたければするといいよ」
端から見ればアルブレヒトの変化は良いものと言えるだろう。いつも歳の割に淡々としていて、こうやって感情をむき出しにすることは無かった。
しかし、そんな一般的な思考を持たないノアは、ただただ面白なさげに呟くのだった。
それは決して弟の成長を喜ぶような態度ではなかった。
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