12
*** アルセル公国の王の王都・ベルシア。
周りの農村の貧しい風景とは一変し、王の居城の膝元はまさに華やかな賑わう町であった。全ての農民が貧しいわけではないが、他の村や町とは雲泥の差がある程である。
まさにこれがアルセル公国の貧富の差の縮図とも言えるだろう。
城下町の大通りには店も多く立ち並び、連日多くの人で賑わう。今日も道は人でごった返していた。
だが、その通りを怪しげな二人組がふらふらと歩いていた。一人はセピア色の髪の少年。そしてもう一人は頭からすっぽりとローブを被った男とも女とも分からない人物。
目的の場所が見付からないのか、それともそもそも目的の場所など無いので彷徨っているのか。彼らとすれ違った道行く人は怪訝そうな表情を浮かべたり、顔を顰(しか)めたりしていた。
「……兄上、どうする?」
歩みを続けながら、セピア色の髪の少年――アルブレヒトは後ろの人物を振り返った。
後ろを歩くローブの青年――ノアはふう、と大袈裟に溜息を吐いてみせる。だが、顔には疲労の色が濃く浮かんでいた。
「どっかで宿を取って休憩しよう。それに、僕達はこの町に詳しくない」
「……うむ」
それでもロゼッタを探したいという気持ちが強いアルブレヒトは、渋々という形で頷いた。
彼自身、この町に詳しくない二人が無闇に動くのは駄目だと分かっている。必要な情報を集め、秘密裏に動かなければいけないことも。それでも焦りだけが募っていた。
「……この町、二度と来ることは無いと思ってた」
ふと、ノアは聳(そび)え立つレトレス城を見上げながら苦々しく呟いた。ローブから覗くのは彼の白い顎と鼻筋だけ。特徴的な青い髪も全てローブの中にしまい込み、一本も周囲に晒そうとはしていなかった。
彼の容姿はアスペラルでもそうだが、アルセル公国でも目を惹く程だ。良い意味でも悪い意味でも目立ってしまう。それを配慮して顔も髪も全て出していなかった。
嫌な思い出でもあるのか、ノアにしては珍しく眉を寄せている。
「自分も」
ノアの誰に対してでも無い呟きに、アルブレヒトはぽつりとそんな言葉を漏らした。
アルブレヒト自身もあまり良い気分ではないらしく、それ以上何かを言うことは無かった。
もう一度ノアは王の居城レトレスを仰いだ。別にあの城に対して何かがあったわけではない。だが、この町の象徴とも言えるあの城を見ると嫌でも様々な事を思い出していた。
「……あれから五年か」
この町は何も変わってない、と言いたげにノアは呟いた。感慨にふけるわけでもなく、悲しみにひたっているわけでもない。ただ、ぼんやりと目の前にある城を青い瞳に映していた。
彼の前ではアルブレヒトが大通りをずんずん進んでいくので、ノアはその後ろをついて歩いていた。
声を張り上げる店主、雑踏の賑わう声、何らアスペラルとは変わりない。しかし興味など微塵も無いノアは黙々と歩いていた。町や景色が変われど、ノアにはそれは些末な出来事でしかない。
「兄上、あれでいい?」
アルブレヒトが指差した先、そこには町の大通りから少し外れた位置にある小さな古い宿屋。高い建物に囲まれているせいか日当たりも悪く、暗い印象を受ける。
繁盛の文字とは縁遠い宿屋だろう。利用者はせいぜい金のない旅人か浮浪者、そんなとこだ。
「……別に、僕は寝られれば何処でも良いけど」
宿泊する環境としては決して良い場所とは言えない。しかし、今回はあまり派手な行動も出来ないので、こうひっそりとした宿屋は彼らにとって都合は良い。
幸いアルブレヒトもノアも宿屋に対して強いこだわりがあるわけでもないので、あっさりとこの宿屋――赤の暖炉亭に決めた。
宿屋の帳簿には適当に偽名と旅人と書き込み、二人は二階の角部屋に宿をとったのだった。
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