アスペラル | ナノ
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「ねぇ、もう一度聞いて良い? ローラントって本当に騎士?」

 先程から度々出てくる騎士とは思えない言動に、またもやそんな言葉が彼女の口をついていた。
 言葉を交わす内に、徐々に彼に対するロゼッタの警戒心は薄れていた。しかも徐々に彼に慣れているという現実まであった。ロゼッタは元々人見知りする性質ではないが、こういう状況でここまで喋るのも不思議なことだった。
 彼女も不思議な事に、彼に対しては危機感を抱くことは無かったのだ。

「……一応、騎士だな」

 しかもローラントはロゼッタの言動に怒る様なことは決してなかった。度々彼女は怒らせてしまう様なことを言いがちだったが、さらりと彼は流している。

「だが、私には騎士は向かないんだろうな」

「え?」

「何となく自分でもそう思っていた。特に大した目標も無い人間だからな。剣術だけが取り柄で、多くの騎士を纏める器も無いと自分でも思っている」

 自嘲気味にローラントは呟いていた。もしかしたら彼自身が最も自分は騎士らしくないと思っているのだろう。無表情は変わらないのに、表情はどこか鬱屈としていた。
 しかし、少しだけ彼と自分は似ているとロゼッタは思った。大した目標も無く、国を背負う器は無いと思っている自分と。
 何と言っていいのか分からないロゼッタは、黙ったままでいた。すると「すまない」とローラントは苦々しく呟いた。

「……初対面に近い君に言う事ではないな」

 忘れてくれて構わない、と彼は最後に付け足した。
 何を考えているのか分からない男だが、今の言葉は本心かもしれない、と何となくロゼッタは思った。別に証拠があるわけでもないが、今の言葉が嘘には聞こえないのだ。
 だが、少しだけロゼッタは眉を顰めた。

「目標が無きゃいけないなんて、誰かが決めたこと……?」

 ロゼッタは控えめな口調、しかしその水色の瞳は確かにローラントを捉えていた。
 これは彼女の本心であり、願望。ローラントの意見を肯定してしまうと、自分の確固たる目標など持たず、流されるままに生きていたロゼッタをも否定することになるからだ。

「私だって無いわよ……ずっとただの村娘のロゼッタとして生きてきたんだから、生活していくので精一杯だったし。いつか結婚して、子供を産んで、それで終わりの人生だって思ってたもの。それなのにいきなり魔王の後継者に選ばれたって、私だって一国の王になる器だって無いと思う」

 これもロゼッタにとっては本心だ。
 ただの辺鄙な村で生まれ育ったロゼッタには、生きる道など左程用意されていなかった。殆どの者と同じように生まれ育った村で誰かと結婚して、働いて、そして生きていく人生だと思っていた。
 そんな彼女の目の前に現れたもう一本の道――魔王の後継者になるという選択肢。

「でも頑張って生きるしかないじゃない。そりゃ、目標に向かって進むことは凄く格好良いことだけど……それって当たり前のことじゃなくて『凄いこと』だって思うの。誰だって出来るのかって聞かれたら、私は分からないわ。多分、一番しちゃいけないのは何かを理由に立ち止まり続けることなんじゃないかしら」

 ついさっきまでの立ち止まり続けていた自分を彼女は思い出していた。
 まだ何が正解かは彼女には分からない。だが、それが彼女なりの考えで答えだった。

「目標が無ければ探せば良いんじゃないの? 在り来たりな答えだけど、これも一つの道でしょ?」

 彼女には自分の答えをローラントに押し付けるつもりはない。偉そうに説教するつもりもない。ただ、自分なりの考えを伝えたかった。
 だが、伝え終わった後に少しだけ彼女は後悔した。目上の、しかも一個の師団を預かる騎士団長に長々と何を言っているのだろうか、と。傍から見れば子供が生意気を言っているようにしか見えないだろう。
 しかし、時既に遅し。伝え終わってから後悔しても遅いのだ。

 びくびくとロゼッタはローラントの返答を待った。下手すれば斬られるのでは、と有りもしない想像すらしてしまった。

「……なかなか面白い講釈だな。そういう考えも良いとは思う」

 斬られるのは免れた様だ。表情は読み取れないものの、何度か頷くローラントが妙に印象的に彼女の瞳には映った。
 色んな意味で面白さではあなたには負けるわ、とロゼッタは苦笑しながら呟くのだった。

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