アスペラル | ナノ
13

 ローラントは剣を握り直した。柄を強く握り、切っ先をアルブレヒトに向ける。

「……ならば、お前達も魔族か」

「自分もシリルも魔族。そして、陛下に仕えている」

「そうか……」

 アルブレヒトはそれ以上何も言わなかった。寡黙なローラントも無言になり、感覚を研ぎ澄ませるかの様に静かになった。
 森に響くのは風に揺れる木々の騒めきと、野鳥の声。しかし、アルブレヒトが先手を打って大地を蹴った。

 先程と同じ。アルブレヒトの姿は瞬時に見えなくなり、残像が時に気紛れに目に映る。ロゼッタの瞳でもようやく彼を捉えた時、片方の剣がローラントに振り下ろされた。

 が、ローラントの剣がそれをしっかりとガードする。
 アルブレヒトのあの駿足は凄いが、それを受け止めたローラントは更に凄いとロゼッタは思った。あれはまぐれ当たりなんかじゃなく、彼は本当にアルブレヒトの動きが見えているのだ。

「はっ!」

 ローラントはそのままアルブレヒトごと剣を跳ね返した。物凄い力で返され、アルブレヒトは数歩跳ねる様に後ろに下がる。

 それから何度も剣がぶつかり合い、金属がぶつかり擦れる独特の金属音が辺りに響いた。

 それらをロゼッタはただ見ているしか出来なかった。自分がどうしたら良いのか分からない、というのもあっただろう。
 今まで自分は人間であった。そう思っていた。しかし突き付けられた真実は、自分が魔族の王の娘だという事。だが、心の奥ではまだ自分は人間だと思っていたい気持ちがあるのだ。

 魔族が嫌いなのではない。
 ただ、気持ちに戸惑いがあるのだ。

「埒があきませんね……」

「シリルさん……?」

 不安げにロゼッタはシリルを見た。彼は柔らかい笑みを浮かべ、大丈夫ですよ、と繰り返した。
 不思議だった。何だか彼の微笑みを見ていると、安心してくる。そんな気がするのだ。

「 汝の印を我が識る
  霞む神に我は問う 」

 するとシリルの足元に緑色に輝く方陣が現れる。蔦の様にうねり、緑色の輝きは細かい紋様を作り出していく。シリルの詠唱と呼応しているかの様であった。
 その間もシリルは詠唱しながら、片手で宙に文字を書いていく。

「 母神の御心は我が調べに
  第八番十章の怒りを旋律に
  我は揺るがす奏者なり  」

 詠唱が完了した直後、辺り一帯が揺れた。
 剣を振り回していたアルブレヒトとローラントだが、間合いをとって二人は一度離れる。突然の揺れに何が起きたのかローラントは分かっていない様だったが、瞬時にこれがシリルの魔術だと理解したアルブレヒトはすぐに剣を収め、シリルの元へ向かった。

「待て……!」

 ローラントは追いかけたくとも、この揺れと、大地から飛び出る土の角が邪魔をして追いかける事が出来なかった。

「行きますよ、アルブレヒト、ロゼッタ様」

「で、でも……」

 ロゼッタは動けなかった。ここを動けば、きっと元の場所には帰れない。魔族の国アスペラルしか行く場所はなくなってしまうのだろう。オルト村の教会にすらきっと戻れない。
 それはシスターやアンセル、リーノにも会えなくなってしまう事。

「……失礼します、ロゼッタ様」

 返事を返す間もなく、一向に走り出そうとしなかったロゼッタはアルブレヒトに抱えられた。そして彼は先に進んでいたシリルを、ロゼッタを抱えながら追いかける。その足は普通に走るのと同じ位、軽々と抱えながら走っていた。
 離して、と彼女は言うが彼は離す事も無く、その足を止める事もなかった。

「離しなさい!」

「……今、アスペラルで重要な問題が浮上してる」

「え……?」




「貴女が必要です。ロゼッタ様」






 こうして、ほぼ私の意見は無視して、私は強制的に魔族の国――アスペラルへと向かう事となったのでした。

 あちらで起きているという問題、この時の私には全く想像がつきませんでした。

 これが、私の波乱な人生の幕開けとも知らずに……




一章end

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