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「……実は君が魔族に連れ去られた後、殺されたのではと思っていた」
「え? どうして?」
突拍子もないローラントの告白にロゼッタは首を傾げた。
ロゼッタは魔族の姫君として連れ去られた。どこに殺されるかもしれない、と思う要素があるのだろうかと。
「君が魔族だという確証が無かったからな。君は人間なんじゃないかという考えをまだ半分捨て切れなかった。もし君が人間だったら魔族の国は危険だろうと思ったんだ」
淡々と語るが、きっとこの人は根が優しいのだとロゼッタは思った。数回しか喋ったことのないような村娘にまで気に掛けてくれる。感情を素直に表すのは苦手なのかもしれないが、言葉の端々から優しい人だというのが伝わった。
魔族の国――アスペラルに対して、少し誤解があるかもしれないが。
「言っておくけど、仮に私を人違いでアスペラルに連れて行ったとしても、皆は人間をあっさり殺すような人じゃないわ」
あれで結構優しいところはあるもの、とロゼッタは断言した。
皆の事が詳しいとは言い難いが、一ヶ月一緒に暮らしてきて見えてきたものも沢山ある。それはロゼッタにとっては掛け替えの無い一ヶ月だった。
彼女の言葉にローラントは顎に手を添え、少し考える様な仕草を見せていた。そしてしばし待つと彼は目線を少し上げ「そうか」と呟いた。
「ねぇ、ローラントは騎士団長なのよね……?」
「一応な。十ある師団の中で第八のだが」
じっと今度はお返しと言わんばかりにロゼッタは彼を見た。
腰には剣を携え、軍服に身を包んでいる。見た目は騎士だ。いや、本当に騎士なのだからそれはいい。だが、彼はどこか騎士らしくない。多分言動やロゼッタへの接し方からだろう。
嫌いではないのは確かだ。
「いつから騎士なの?」
正直こんな何も無い部屋にいても何もすることがない。つい、彼を話相手にしようとしていた。
彼は彼で特に嫌そうな素振りも見せず、わざわざ受け答えしてくれる。仕事は良いのだろうか、と疑問には思ったものの口に出すことは止めたのだった。
「……正式に騎士の位を戴いたのは六年前だ。騎士団長には二年前に……父の跡を継いだ」
案外素直に教えてくれるものだ。へー、とロゼッタは呟く。
ローラントの父親については、彼女も昔村でちらりと聞いたことがある。彼の父も剣技に秀でており、数々の功績を残した男らしい。
だがロゼッタ自身、騎士にそんな興味は無いのでそんなに詳しくは無い。
「今そのお父さんは?」
スプーンでスープを口に運び、ロゼッタは尋ねた。ただ興味本位からだった。
僅かに目を伏せる様な仕草をローラントは見せたが、すぐに真っ直ぐロゼッタを見返した。
「二年前に病死した。だから私が急遽跡を継いだのだ」
「あ……ごめん、なさい」
悪いことをした、と思ったロゼッタは急いで謝った。
いくら相手が敵方だとしても、色々と親切に接してくれる彼に聞いてはいけない事を聞いてしまった気がしたからだ。知らなかったとは言え、あの様に興味で不用意に聞いてしまうのは失礼だったと彼女は猛省した。
しかし本来ならば、アルセル公国では周知の事実に近い。二年前にローラントの父が死んだ際は英雄の死を悼み、王都では大きな葬儀が執り行われた。
その頃のロゼッタは単なる田舎の村娘。騎士団長一人の死など、特段興味がある筈もなかった。
「気にしなくて良い。君は、父親に会えたのか?」
ロゼッタはどきりと心臓が跳ねた気がした。一ヶ月もアスペラルに滞在していたのだ、きっと彼はロゼッタは父親に会ったものだと思っているのだろう。
しかし、実際はまだロゼッタは父親と会ったことはない。一度肉声を聞いたのみ。リーンハルトに聞いた話では仕事が忙しく、まだ来れる状況ではないらしい。
今までの会話の流れで、彼はついロゼッタに父親について聞いたのだろう。しかし、彼女は内心焦っていた。何気ない言葉でも、もしこれがアスペラル側の動向を探る作戦だったらと疑念を抱いてしまったのだ。
ロゼッタは特に何も知らないが、尋問されているような気分になって息を呑んだ。
「まだ、会ってないわ」
「そうか」
正直拍子抜けした。何か重要なことを聞かれてもはぐらかす心構えをしていたのに、彼はそれ以上何も聞かないのだから。
その上ローラントは「早く会えると良いな」と言う始末だった。
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