8
そして話はアルセル公国王の居城に戻り……
しばらくロゼッタがベッドに座っていると、スープの入った皿を持ったローラントが戻ってきた。
家事などしたことない騎士故か、慣れない手付きで皿を持つ姿はロゼッタには危なっかしく見える。何とかロゼッタの元まで来た彼は、皿とスプーンを彼女に手渡したのだった。
「二日何も食べてないだろう」
少しは何か口にした方が良い、と半ば無理矢理だった。
こんな事態に陥り、空腹感など感じるはずもない。だがつい差し出され、無下に出来なかったロゼッタは受け取ったのだ。
ごく一般な野菜の入ったスープだった。魔族のロゼッタに渡される食事など残飯なのだろうか、と思ったりもしたが普通に美味しそうなスープである。それもまだ温かい。
こういった状況下、普通の食事を出して貰えることは有り難いことに違いない。
「……そう見られてると、食べにくいんだけど」
身体のことを考えて少しは口にしようと思ったものの、ロゼッタが面を上げるとじっとローラントは彼女を見ていた。監視をするように凝視されてても、彼女は動きにくいだけである。
気にしなくて良い、とローラントは言うがそれは無理だ。食事をしようとしている時に見つめられること程、食べにくいことは無い。
「ならば……後ろを向いていた方が良いのだろうか」
「いや、多分そういう問題じゃないと思うんだけど……」
少し考えた後に出来てきた彼の提案。だが、それはどこかズレている気がした。
逐一気にしていても仕方が無く、ロゼッタは食事を開始した。最初は毒が入ってるかもとまた気にしたりもしたが、先程のローラントの言葉に説得力が有り、普通にスープに口を付けたのだ。
こんな状況だが、やはり口に何かを入れると多少は人は落ち着くものらしい。緊張感で硬くなっていた身体が、少しずつ温められながら解(ほぐ)されていく気がした。
ちらりとローラントを盗み見ると、先程と変わらず少し離れたところに立ったままであった。リカードの様な仏頂面ではないものの、感情が読み取れない無表情。何を考えているのかすら分からない。
騎士と言うのは無表情や仏頂面が基本なのだろうか、とロゼッタはぼんやりと考えた。
しばらく室内は静かだった。室内に響くのはスプーンのスープの入った皿がぶつかる、微かな金属音とロゼッタの咀嚼の音くらいだろう。ロゼッタは大分気まずい思いだったが、相変わらずローラントの考えていることは分からなかった。
「……一ヶ月、どういう生活をしてたんだ?」
「え?」
すると、突然ローラントに話題を振られてロゼッタは目を丸くした。ずっと無言で監視していると思っていたら、彼はまるで興味を示したかの様に聞いてきたからだ。
単なる興味本位か、それとも社交辞令で適当な話題を出しただけか、ロゼッタには見当もつかない。
「……えっと、結構普通の生活よ。食事も三食だし、夜になったら寝るわ。魔族だって人間と一緒よ」
「それはそうだろうな。魔族と言っても、姿形ほぼ一緒と言って良い」
「魔族のこと詳しいの?!」
ローラントの言葉は真実。彼が魔族に関して詳しいのは意外だった。
人間の中では魔族は差別の対象。中には誤解をしている者もおり、人間の肉を喰ったり血を啜ったりすると思いこんでいる者もいる。
だが魔族の生活行動もほとんど人間と一緒なのだ。普通に畑で採れた野菜や家畜の肉を糧とする。こんなこと当然だと思うだろうが、魔族に対する偏見は多様なのだ。
「見ていれば分かる。君は元々人間と何ら変わりない。それに魔族の国に行ったことはないが、今まで見てきた魔族はほとんど我々と同じだった」
こんな風に冷静に魔族を見ている人がいるとはロゼッタも知らなかった。
人間皆が皆魔族を嫌悪しているわけではないだろうが、彼はアルセル公国の師団一つを預かる騎士。本来なら立場上擁護出来きわけでもないだろう。
初めて会った時も思ったことだが、彼は結構変わり者だと改めて思った。人間らしくないと言えば人間らしくない。だが、そこが少しロゼッタが好感を持てるところなのだろう。
(8/19)
prev | next
しおりを挟む
[
戻る]