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何も出ないというのは初めてである。
火の魔術は失敗しても、普通なら煙や火花、閃光は出てくる。しかし、今回はただの人間になってしまったかのように何も出てこなかった。
(やっぱり魔術が使えなくなってる)
どうやら聖石の威力は本物のようだ。ノアから話を聞いていた時は他人事のような感覚だったが、ようやく聖石の効果を彼女は実感した。
自分が魔族だと知る前に戻っただけだというのに、魔術が使えなくなることは大分大きいと彼女は感じた。魔術は非力な彼女の唯一の抵抗手段。依存しているつもりはないが、魔術の存在は大きいのだろう。
ロゼッタはそのまま横に上体を倒し、ベッドに横になってぼーっと前を見つめた。
離宮で彼女が使っているベッドよりも少し固く、シーツも冷たい。この際寝る場所があるだけでも有り難いが、この状況で熟睡出来るほど彼女は図太い神経は持っていない。
(このまま、私死ぬのかしら……)
そんな考えが脳裏に浮かび、自分の体を自分で抱き締めた。
魔族が人間に捕まれば終わり、シリルにはそう聞いている。殺されることが多いが、中には奴隷行きになる場合もあるらしい。
ロゼッタは自覚は無いものの、一応魔族の姫。どう頑張っても良い方向には物事も転ばない。
よくよく考えれば一ヶ月程前のローラントに捕まった時、アルブレヒト達に助けて貰わなかったらこうなっていたのだろう。
(ある意味、私の寿命が一ヶ月長くなっただけの話よね)
はぁ、とロゼッタは重い息を吐いた。
だがそう考えると、この一ヶ月は有意義でとても楽しい一ヶ月だった。色んな人に触れ、面白い文化を見れた。
正直言えば皆と出会えたことは、良かったことだと今になって分かる。アルブレヒトもシリルもリカードも、それにリーンハルトもノアも優しく面白い人達だった。それに離宮にはラナやグレースもいた。
「最期は楽しい思い出で良かった」
彼女にとっては何気ない呟きだった。しかし、それは生を手放した言葉。
まるで死の宣告をゆっくり待つ様にロゼッタは瞼を閉じた。
『貴女が自分で選んで、自分の道を進む事に意味があるのです。ロゼッタ、自分の信じる道を探しなさい』
ふと、シスターに言われた言葉が彼女の頭を過った。はっと彼女は目を開ける。
(自分で選んで、自分で進む……)
正直、最初はシスターに言われた言葉の意味など分からなかった。ロゼッタは自分で決めて生きているつもりだったからである。だが、妙に心の中で引っ掛かりを覚えたのだ。だから根深く心に残っていた。
あの言葉をシスターがどういう意味でロゼッタに対して言ったのか分からない。もしかしたら、魔族と人間どちらで生きるか迷っている彼女に言ったのかもしれない。
しかし、今の彼女にも充分意味があった。
(……私、ちゃんと自分で決めなきゃいけない)
ロゼッタは水色の瞳を大きくを見開いた。
きっと彼女はずっと目の前で問題を見付けると、全てを諦めていた。したい事があっても、何かを理由にして避けてきた。
今も目の前の問題に足掻こうともせず、受け入れ、死をあっさりと選ぼうとした。目の前には「死」の選択肢しかない、と自分で決めてしまったからだ。
本当はそんな事はない。彼女が生きたいと願えば、もっと努力出来る。可能性だって広がった。
「……自分が進むべき道……」
アスペラルの離宮で過ごした一ヶ月、ずっと悩んでいるつもりだった。
だがずっと考えたところで答えが出る筈がないのだ。無意識に教会の家族を理由に自分の答えを出そうとしなかったのだから。歩いている振りを続け、ずっと立ちどまっていた。
今更こんな事に気付くなんて、とロゼッタは自嘲した。しかし、彼女にとって大きな一歩を踏み出せた。
シスターありがとう、とロゼッタは心の中でお礼を言った。きっと直接お礼を言うのはしばらく先の話になるだろう。
生きてもう一度アスペラルに行こう、彼女の心はそう固く決めたのだった。そう、今度は自分の意思で。
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