5
「……アルセル公国の城じゃ、客人に手錠を付けるのが流儀なの?」
じゃらりと音を立て、ロゼッタは自分の腕に付けられ手錠を掲げる。付けられているのは手首だけで、足に付けられていないのが幸いだった。
しかし手錠が付けられている時点で客人ではないだろう。
「一応、念には念を入れてだ。君は魔族だからな、魔術で逃げられては敵わないので……聖石の手錠を付けさせて貰った」
「?!」
驚きを隠せないものの、ロゼッタはローラントを睨んだ。
一見普通の手錠なので、自分の腕に付けられているものがまさか聖石の手錠だとは思っていなかったロゼッタ。だが、手首しか拘束具を付けなかった理由がよく分かった気がした。
客人と言いながらも、決して彼女の拘束は手を緩めていない。あまりにも入念なアルセル側に文句の一つでも言いたかった。
「……命令だ、そう睨まないでくれ」
眉一つ動かさないローラントの表情は変わらない。きっとロゼッタに対し悪いとは思っていないのだろう。
しかし、元々魔術自体得意では無かったが、魔術を封じられてはロゼッタとて普通の非力な少女。彼女がここから逃げる唯一の手段は無くなった。
「……とりあえず、今夜陛下が君を晩餐に招いている」
ロゼッタは顔をしかめた。いくら相手が人間でも見世物になったり、本当に取って食われてしまうのではないだろうか、という危惧すら生まれてくる。
敵陣に一人で、しかも丸腰で突撃する様なものだ。どう考えたってロゼッタには不利である。
だが行きたくないと駄々をこねたところで、彼女には拒否権が無い。
「時間になったら迎えに来る、それまで休んでいるといい」
軽食を持って来る、とローラントは言い残し踵を返した。持っていた水差しと透明な器は近くにあった台に放置されている。
もし今彼に後ろから飛び掛かったら逃げられるだろうか、と考えた。しかし、考えなくても結果など分かる。後ろからしかも不意打ちだったとしても、剣術で名を轟かせる彼に勝てるとは到底思えない。
無駄な事を考えるのは止めよう、とロゼッタは一人落胆した。
ローラントは扉に手を掛けたが、ふと何かを思い出したのかもう一度振り返った。
「……寝ている間に持ち物だけ調べさせて貰った。特に武器になるような物は無かったからな、そこのサイドテーブルに置いておいた」
そう言うと今度こそ彼は部屋から出て行った。扉が閉められるとすぐに施錠される金属音が室内に響く。
ロゼッタがベッド脇のサイドテーブルに目をやると、そこには彼女がアスペラルから持ってきた装飾品が置かれていた。一応金にはなるだろうと思って持ってきたのだ。貴金属は別にどうでもいいロゼッタは、深い溜息を吐いて文字通り頭を抱えた。
(最悪だわ……)
アルブレヒトもシリルも様々な危険があるからアルセル公国へ行くことを止めていた。それを無理矢理説き伏せて来たというのに、この様である。彼女の頭は自己嫌悪で一杯だった。
今度こそシリル達に呆れられても仕方ない。迷惑を掛け続けてしまった彼らには申し訳なかった。
(出入りできる場所は二つ。だけどどちらも鍵は掛かってるし……)
仮に窓が開いたとしても、ここは地上から十数メートルはある。生身の体で降りれる距離では無く、魔術が使えない彼女には無理な話だ。扉の方も鍵は掛けられている。もし脱出するならば扉だが、慎重に様子を伺う必要がある。
出入口二つの他にあるのはロゼッタが腰掛けるベッドとその横のサイドテーブル、それから水差しが置かれた台くらいだ。牢屋よりは豪華だが王宮の部屋の割りには狭く、幽閉感がある質素な部屋だった。
ロゼッタは手首を見るが、付けられているのは一見普通の手錠。聖石の手錠はもっと違った色や形をしていると想像していたが、見た感じ本当に普通である。
(これって本当に本物?)
聖石自体稀少な物だと聞く。だが普通の見た目につい、本物なんだろうかという疑念さえ出てくる。
「 我掲げる鮮烈
纏うは始原の一
我の言の葉に従い応えよ
赤き災禍を汝の身で下せ 」
右手を前に突き出し、ロゼッタは静かに詠唱した。
もう何度使ったか分からない、ロゼッタが一番最初に覚えた火の初級魔術。この際威力は関係無い。魔術が使えるか、使えないかが問題なのだ。
だが、やはり火が出ることはなかった。
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