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ローラントの顔を見て、徐々に井戸に水汲みに行った時の記憶をロゼッタは思い出しつつあった。
水を汲みに行った時確かに彼に会ったのだ。
「……どうやら、元気そうだな」
しばし二人の間には無言の空気が流れていた。戸惑いを隠せないロゼッタと、そんな彼女を無表情に観察するローラント。
しかし、口火を切ったのはローラントの方であった。彼は持っていた水差しの乗ったお盆を近くの台に置き、彼女に近付いてきたのだ。
無表情で近寄って来る彼に、ロゼッタは身体を硬くして身構える。
「そんな所に座っていては冷えるのではないか?」
そう言ってローラントは手を差し出してくる。
最初会った時から思っていたが、彼は無表情で分かりにくいものの素直な人。そして、妙にロゼッタでも分け隔てなく接してくれる。
最初は彼の手を取るべきかは迷った。しかし、迷い無く差し出し続けるその手をロゼッタは見て、そっと掴んだのだった。
「この部屋には椅子が無い。そこのベッドにでも腰を下ろしてるといい」
ロゼッタの手を掴むと強い力で引っ張り、彼女を半ば無理矢理立たせた。先程まで彼女が寝ていたベッドを視線で指し、指定した。
立ち上がらせられたロゼッタは訳も分からず、言われた通りにベッドに腰を下ろした。
聞きたい事は沢山ある筈なのに、つい彼のペースになっている。彼を見ていると、彼は台の上に置いたお盆を持ってロゼッタに再び近付いてきた。
「喉が渇いただろうと思って、一応水を持ってきたが……」
先程水差しを持っていたのはその為だったのだろう。お盆の上には水差しと透明な器が一つ。
「い、いらない」
此処がアルセル王の居城だと判明すれば、尚更油断は出来ない。表情を強張らせながらロゼッタは首を左右に振った。
「毒は盛っていない。殺す機会など今まであったのだから、わざわざ水に仕込む必要が無いだろう。なんなら私が毒味をするが?」
確かにロゼッタを殺すならば意識が無い内に殺すのが普通だろう。わざわざ起きてから殺そうとすれば、抵抗されるのは目に見えている。
毒味をするという異様な申し出をローラントは提示したが、ロゼッタは「いい」と首を横に振るのだった。
無理に飲ませる気はないらしく、彼もそれ以上は聞こうとはしない。
「えっと、ローラント、さん。ここはアルセルの城……?」
「別にさん付けでなくとも良い。そうだな、君の予想通りここはアルセル王の居城、レトレス城だ。気絶している間に運ばせて貰った」
やっぱり、とロゼッタは心の中で呟いた。
こんな何階もある立派な建物は普通の町にはない。王宮や大貴族の屋敷レベルだろう。だがローラント、つまりアルセル公国の騎士団長がここにいるということはアルセル公国の城と考えるのが妥当であった。
だが気付けば現状が最悪である。ここがアルセル公国の城で手錠を付けられているのなら、ロゼッタは囚われの身ということだ。
「手荒な真似をしたのは詫びよう。だが、ここはアルセル公国。アスペラルの人間がうろつけば、どうなるか位判っていただろう」
ローラントは眉一つ動かすことなく、きっぱりと言い放つ。彼の言い分は分かるのでロゼッタは反論出来なかった。
元よりアスペラルとアルセル公国、というより魔族の国と人間の国は確執がある。国によっては魔族の人間の国の立ち入りは禁止している。アルセル公国もであり、ここでは侵入した魔族は捕らえられ処罰が下される。
だからこそ魔族側は人間の国に立ち入る時は気を付けなければいけない。
また、魔族の侵入を禁止していない国もあるのだが、魔族が差別の対象であることは変わりないのである。
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