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魔族であることは話さない方が良い、とは言ったが結局シリルはロゼッタに話すなとは言っていない。彼女に判断を委ねた部分もある。
ロゼッタがそういう決断に至ったのならば、致し方が無いとシリルは肩を竦めた。
「驚かれたりは、しないんですね?」
「いえ、これでも十分驚いているんですよ。老体には堪えます」
お茶を飲みながら談笑をするシリルだが、ただ笑っているように見せ掛けて静かにアンを観察していた。
流石はロゼッタの育ての親というべきか。魔族を目の前にして動揺は見せてはいない。肝が据わっているのか、それとも本当に単に魔族に対する偏見が無いのか。どちらと取るべきかシリルには判断しかねていた。
「……でも、私はどこか納得してしまったのです。あの子が魔族の血筋だと知っても」
子供達は遊びに夢中。二人の会話を聴いている者など誰一人としていなかった。
シリルにとっては彼女の発言は驚きだった。
「ショックだったのでは?」
「ええ、でもどこか不思議な子でしたから……それにマリアが何も言わずにあの子を置いて行くことが、どうしても違和感があったのです」
人間と魔族の見た目はまるっきり同じ。大した差など無い。だが、ロゼッタは物心着いた頃から誰かが教えたわけでもない唄を歌っていた。とても不思議な旋律の唄を。他の子供と大した違いは無いのに、その唄を歌っている時だけはロゼッタは不思議な雰囲気を持っていたとアンは言う。
「マリア……?」
「あの子の母の名です。マリアも元々この孤児院の子でした」
シリルは藍色の瞳を見開いた。今までロゼッタの母親に関する情報は皆無。軍師リーンハルトでさえ、陛下から何も聞かされたことはなかった。
まさか、こんな辺境の村に来てロゼッタの母親の情報が手に入るとは思わなかった。
上から情報は規制されていても、こうやって他者からロゼッタの母親に関する情報を得る事を規制されてはいない。シリルは目を細めた。
「そのマリアさんは今……?」
シリルがそう尋ねると、アンは少しだけ考える様な素振りを見せた。いくらロゼッタを守ってくれているとは言っても、彼は他人だ。ロゼッタの出生について話していいものか迷っているらしい。
だが、すぐに彼女は「お話しましょう」と決断したのだった。
「ロゼッタには明日話すつもりでしたし、一応シリルさんにはお話ししておきましょう。しっかりなさった方ですしね」
安心出来そうな方ですから、とアンは僅かに口元に笑みを浮かべた。ロゼッタの笑い方はどこか彼女に似ていた。
「マリアの居場所は分かりません。あの子がこの孤児院を出て以来、会っていませんから」
そう話すアンの横顔はどこか寂しそうに笑っていた。
アンの話によるとロゼッタの母もまた孤児で、この孤児院で育てられたらしい。まだ若かったアンもロゼッタの母のことは妹や娘の様に可愛がった。
だが、マリアが年頃になった時、アルセル公国はリシュアム帝国やアスペラルの戦争に巻き込まれた。当時からアルセル公国は徐々に貧しくなっており、この教会も例外では無かった。大分食料もお金も尽きかけ、貧しさとの戦いになったのだ。
「そしたらあの子、お金を稼いでくるね、と言って出て行ったのです。まだ歳もロゼッタ位だったのに」
マリアを引きとめなかったことをアンはそれから何度も後悔した。一ヶ月、二ヶ月、一年経っても彼女は帰って来なかったのだから。
村の人の中には、戦争に巻き込まれて死んだのではと言う人もいた。
しかし、そんな戯言などアンは信じずに待った。元々元気が良かったマリア、今頃どこかでこちらの気も知らないで笑っているだろう、と。
「そして十七年前、戦争が始まる直前にあの子は……ロゼッタを孤児院の前に置いて姿を眩ませたのです」
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