12
夕食後、ゆったりとした時間が流れていた。
ロゼッタは他のシスター達と夕食の後片付けをしていたが、アルブレヒト達はお客様ということで何もしなくて良いと言ったのだ。シリルやアルブレヒトは流石にロゼッタにそんな事をさせられる立場ではないのだが、彼女の身分を公に出来ない以上彼女を過剰な姫様扱いは出来ないでいた。
仕方なく、大人しくシリルは椅子に座り、アンと共に談笑していた。
「ねえ、アルブレヒトのお兄ちゃんが鬼役ね!」
「う、うむ……?」
「じゃあ、十数えたら追い掛けてね!」
そんな中アルブレヒトとノアはそれぞれ教会の子供達に囲まれていた。
いきなり後ろから服を掴まれたと思ったら、後ろに立っていた女の子はアルブレヒトの否応無しに彼を鬼ごっこの鬼役に指名した。女の子が駆けていくのが合図となったのか、他の一部の子供達もきゃっきゃっと逃げる様に走り回り始めた。まるでここが室内であることを忘れているようである。
勝手に鬼ごっこの仲間入りされたアルブレヒトは、無下にすることが出来ず、律儀に数を数え始めるのだった。
「…………ちょっと、髪引っ張んないで」
片やノアは声を掛けられても無視を決め込んでいたが、子供に髪を引っ張られていた。
子供達の喧騒など興味も無く、ノアはまるで空気になるかのように部屋の隅で読書をしようとしていた。が、村では見たことがないあの綺麗な顔に興味を惹かれたのだろう、そんな彼に声を掛ける子供もいたのだ。
子供は苦手の分類に入るノアは、当然子供のことなど無視。しかし、髪を引っ張られれば応えざるをえない。
「お姉ちゃんって、キレイなお顔をしてるのね」
ノアの顔を覗き込みながら、目の前の子供は瞳を輝かせながら悪気の無い一言を言う。
「……僕、女性に性転換した覚えはないけどね」
この顔立ちのせいか、性別を間違えられる事はたまにある。ノア自身あまり気にしてはいないが、お姉ちゃんと呼ばれて腹を立てることはなくても良い気分ではない。
「じゃあ、キレイなお兄ちゃんは何のご本を読んでるの?」
「……君には理解出来ない様な内容の本」
しれっと悪そびれも無くノアは答える。彼には悪意があった。これだけキツく言えば、子供はどこかへ行くと思ったからだ。
しかし、ノアの予想は外れて子供はより一層表情を輝かせた。
「キレイなお兄ちゃんって頭いいんだね!」
しまった、とノアは表情を歪めた。子供を遠ざけるつもりが、更に興味を引かせてしまう結果となったのだから。子供の瞳はまさに嬉々と輝いていた。
彼にしては珍しく重い溜息を吐き、しばらく子供とのお喋りに付き合わされる羽目になったのだった。
そんな彼らをシリルは苦笑しながら、アンと共に眺めていた。
シリルは子供達の相手は免れたものの、アンがお茶を淹れてくれたためその場に留まっていた。彼女は穏やかに笑い、子供達のはしゃぐ姿を見ている。
ロゼッタの話の中には時折彼女も出てくるが、よく怒っているという印象が強い為、穏やかに笑っている姿は彼のイメージと若干ズレがあった。目の前のアンは良き皆の母と言っていいだろう。
「良い遊び相手になって下さってありがとうございます。村の人以外と会う機会がなかなか無いものですから、子供達も喜んでいます」
「いえ、こちらこそ夕食をご馳走になった上に宿泊の許可ありがとうございます」
そう言ってシリルは淹れて貰ったお茶を一口飲んだ。少し味が薄めの熱いお茶だった。
「シリルさん、でしたよね。あの子を助けて下さってありがとうございます。話はあの子から……」
アンは手に持ったカップに目線を落とした。琥珀色の液体が波紋を作っていた。彼女の表情は嬉しそうだが、少し寂しげに目を伏せている。
彼女の様子から、何となくロゼッタが全て話してしまったことをシリルは悟った。
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