11
「お腹減ってるのに待たせてごめんね」
しばらくして、別室に籠っていたロゼッタとシスターのアンは出てきた。
どんな話をしていたのか見当もつかないアルブレヒトは、はっと顔を上げた。
教会の子供達も他のシスター達も、それからアルブレヒト達も食事に手を付けずに待っていたのだ。申し訳ないと思いつつ、ロゼッタはノアとシリルの間に空いた席に腰を下ろした。
壁際からアルブレヒト、ノア、ロゼッタ、シリルという席順である。いつもならアルブレヒトがロゼッタの真横を陣取るものの、二人の関係は相変わらずの様だ。
「それでは、食事を始めましょうか」
席に着いたアンもそう言うが、他の者は誰一人としてスプーンに手を伸ばさない。
どういう事なの、とノアがキョロキョロと辺りを見渡すと、どうやら皆手を合わせて祈る様な格好をしていた。
「天におられる我らが父よ、あなたの慈しみに感謝してこの食事を頂きます」
アンがそう言うと、他の教会の者達は後に続けて斉唱した。ロゼッタも昔から教会にいたため、勿論食前の祈りは知っている。彼女は他の者同様に祈るが、横のシリル達はとりあえず見よう見真似で手だけを合わせていた。ノアに至っては手を合わせずに呆然としていた。
これはある意味文化の違いと言って良いだろう。魔術、そして精霊というものが存在する魔族にとって「神」という概念は存在しない。が、人間は魔術も精霊もいないため偶像の「神」を奉る。
初めて見る神への信仰に、少しだけシリル達は戸惑いを隠せないようだった。
食前の祈りが一通り終わると、ようやく食事は始まった。始まる直前の荘厳な雰囲気から一変して、子供達の賑やかな食事風景へと変貌した。
「……大切な話は済みましたか? ロゼッタ様」
スープを飲んでいると、隣のシリルが微笑みながら問い掛けてきた。ええ、と彼女は頷いた。
「でしょうね、先程より清々しそうな表情をなさってます」
嬉しげなシリルの言葉に、実感の無いロゼッタはそうだろうか、と首を傾げた。確かにアンと話してすっきりした部分はあるが、表情に出ている自覚は特に無い。
だが、清々しい気分なのは当たりなのだ。ロゼッタは照れ臭そうに笑った。
「そう、ですね。多分色々シスターと話して……気持ちに整理付けられたからです。まだ考えて決めなきゃいけない事は沢山あるけど、私のことだから私が決めて歩まなきゃいけないんです。でも、後悔する選択だけはしない」
あれからもっと色んな話をした。他愛の無い内容でも、アンは真剣に耳を傾けて彼女なりの意見を言ってくれた。それは対等な立場の意見で、ロゼッタには色々と考えられるものがあったのだ。
生まれ変わったかのようにすっきりとしたロゼッタの横顔を見て、シリルはパンを千切っていた手を止めて目を細めた。
「……最初はここへロゼッタ様を連れてくるのは、正直気乗りしませんでした。ロゼッタ様の気持ちがこれ以上揺らいでしまう気がして」
それはロゼッタも同意見と言って良い。家族の様子を見に行きたいだけと言いつつ、心のどこかで教会に残ってしまいそうな自分がいたからだ。
未だ迷いの多いロゼッタ。この帰郷が王位継承の拒否の決定打となってしまう可能性もある。
「だけど、こうなるとは予想外でした。とても虫の良い話かもしれませんが、ロゼッタ様をここに連れてきて良かったです。ロゼッタ様にとっても、私共にとっても」
「それは私も同じです」
少し驚いた表情をしていたロゼッタは、スプーンの先でスープの中のじゃが芋を転がしながら苦笑気味に言い放つ。
「突き放された、とは違うけど……シスターが私の背中を押してくれるとは思わなかった。てっきり引き留められるんじゃないかって……期待してましたから」
それは淡い期待。まだロゼッタを家族だと思ってくれるなら、引き留めてくれるんじゃないかと。
本当はいけない事だとは分かっている。まだアルセル公国に留まるべきじゃないことも。だが、教会へ帰りたいという気持ちを捨てきれない彼女は期待せざるをえなかった。
「でも、私も来て良かったです。一歩だけ進めた気がするんです」
何処へ、とはロゼッタは言わなかった。
だがその笑顔は眩しく感じられ、シリルは無言で頷いたのだった。
(11/14)
prev | next
しおりを挟む
[
戻る]