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教会に入ってすぐに皆と一頻(ひき)り感動の再会を果たし、ロゼッタは別室にシスターのアンと共に移っていた。今までの事を育ての親である彼女に報告する為であり、中には教会の他の者には教えられないような内容も含んでいたからである。
ここなら落ち着いてお話出来ますよ、と変わらない笑みをアンは浮かべる。いつもロゼッタのことを怒っていた彼女だが、やはり育ての親の安心した様な笑みを見てロゼッタは嬉しい気持ちになった。
「あの日からずっと、貴女の身を案じていました。一か月何も便りも無く、嫌な想像ばっかりしてしまって……」
今は笑みを浮かべているものの、きっとこの一カ月は気が気じゃなかっただろう。アンにとってもロゼッタは娘のようなもの。下手したらロゼッタは処刑されてしまったんじゃないか、という最悪な想像すらしてしまったのだ。
「ごめんなさい、シスター。何か連絡が出来れば良かったんだけど、ちょっと出来ない所にいたから……」
「今まで何処にいたのです? それに、どうやって助かって……?」
それらをアンが尋ねるのもしょうがない事である。ロゼッタが捕まったのは騎士団。彼女一人で上手く逃げられる様な相手ではない。
こう様々な事を矢継ぎ早に聞かれては、どこから答えて良いか分からない。とりあえずロゼッタは連れ去られた直後の事から話すことにした。
「アルセルの騎士団に連れられてすぐ、シリルさんとアルが助けてくれたの。その、お父さんの……命令で」
丁度良い言葉を探したが、どうにも誤魔化せる言葉が見付からない。
本当はシリルには「自分達が魔族であること」を教会の人達には明かさない方が良いと言われた。それは賢明な判断であることはロゼッタも分かる。
だが、本当にそれで良いのだろうか、という気持ちがロゼッタにはあった。シスターのアンはロゼッタの育ての親。彼女だけには全てを話すべきだとロゼッタは思っている。シリルには相談しておらず、これは彼女の独断だった。
「ロゼッタ……?」
黙ってしまった彼女を不思議そうに見つめるアン。
アンが魔族に対して、他の人間程偏見はないことはロゼッタも知っている。そういう教育も受けてきた。
しかし、いざロゼッタが魔族だと知ったらどういう反応をするだろうか、という不安はあった。拒絶されてしまったら、きっと立ち直れなくなってしまう。だがそれでもアンを信じる他ない。
「その、シスター、あんまり驚かないでね」
ロゼッタは真っ直ぐにアンを見つめた。
「……私のお父さんが分かったの。それでお父さんは私を後継者にしたいって言ってるみたい……アスペラル国王、つまり魔王の」
「待ちなさい、ロゼッタ。それでは貴女の父親は……」
言葉の継ぎ接ぎの様な説明だったが、アンはどうやらロゼッタの父親の正体を悟ったらしい。ロゼッタが想像していた通り、彼女は驚きを隠せない様であった。驚かないで、とは前置きで言っておいたものの驚かない方が無理なのだろう。
ずっと「人間の子供」だと思って育てていたロゼッタが魔族だと知り、どんな心境なのかはロゼッタ自身には計り知れない。
しかし言い様の無い不安はあるものの、アンに伝えられたことで少しはすっきり出来た。
「……そう、ですか。貴女の父親についてマリアは何も触れていなかったので、言えない何かはあるのだと思っていましたが」
神妙な顔付きでアンは納得した様に頷いた。
マリアという初めて聞く女性の名前に、ドキリと心臓が跳ねた気がした。初めて聞いた筈なのに、初めて聞いた気がしない。むしろ知っている、そんな感じがした。
「マリアって、もしかして……」
「貴女の母親の名前です」
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