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点々と立ち並ぶ民家、村の多くを占める田んぼと放牧地。閑静だがとても温かみのある雰囲気に、帰ってきたのだ、とロゼッタは改めて感慨深く思った。
どの民家も煙突からは煙が出ており、夕食の支度をしているのだろう。外に出ている村人はほとんどいない。
村の隅の方にある教会を見ると、教会の窓硝子からはランプの光が漏れていた。
「あっちです!」
興奮を抑えきれないロゼッタは馬から飛び降りる様にして降りると、教会へ向かって駆け出す。スカートの裾に泥が跳ねるのも、今の彼女は気にしない様だ。
「お待ち下さいロゼッタ様」
慌ててシリル達は追い掛ける。もう既に村に入ろうとしていたため、馬に乗ったままではまずい。馬から降りると、手綱を引いて彼女を追い掛けた。
しかし、シリルの制止の声は聞こえていない。いや、きっと彼女は聞こえているのだろうが、聞こうとはしなかった。
馬を降りたロゼッタは教会に近付き、そっと中の様子を窺った。あれだけ帰りたかった教会。今それが目の前にあるというのに、どう入ろうかと彼女は緊張していた。いつも通り帰れば良いというのに、嬉しさと懐かしさが込み上げてなかなか言葉にならない。
窓から中を覗くとシスター達はせわしなく動き夕食の支度を、子供達はシスターたちの手伝いをしていた。シスターのアンも、よく一緒に遊んだアンセルもリーノの姿もあった。
「……姫様入んないの?」
いつの間にか後ろにはノアが立っていた。
今の彼女の心境など理解出来ない彼には、何故ロゼッタが教会に入らないのか分からなかった。
「は、入るわよ勿論」
少しだけ足りなかった心の準備だが、ふうっと息を吐くとロゼッタは教会の扉の方へと回った。
木製の所々に傷がある扉。金属の取っ手部分は少しガタガタしていて、たまに取れてしまうんじゃないかと心配になる程である。取っ手に触れ、帰ってきたのだとしみじみ感じた。ただ家に帰ってきただけだというのに、心臓は妙に早鐘を打っている。
取っ手を握り締め、ロゼッタは勢いよく扉を押し開けた。
「……た、ただいま!」
少しだけ裏返った声と集まる皆の視線。その瞬間、瞼が熱くなるのをロゼッタは感じたのだった。
***「で、これどういう状況?」
うんざりとした不満の声を漏らすノアの前に並べられているのは、質素な野菜のスープと少し固めのパン。そして子供たちの好奇の視線。彼はまるで見世物の様な状態であった。
教会に入ってすぐ、ロゼッタはシスター達と感動の再会を果たした。教会の人達はロゼッタ達を歓迎してくれ、アルブレヒト達にも是非夕食をという流れになったのだ。
どうせ今夜は泊る所もなく、まだ夕食を食べていなかったシリル達に断る理由は無い。三人は椅子に座り、夕食をご馳走になることにした。
「まあまあ、しょうがないですよノア。子供相手に怒らないで下さいね」
それでも子供達の輝くような目線が嫌なのか、ノアは鬱陶しげに溜息を吐いた。
それはそうだ。彼の容姿はとにかく良い意味で人目を引く。まるで彫刻の様に整えられた顔立ちは、男だろうが女だろうが振り向く程だ。
それに子供は純粋故に、初めて見る人に好奇心が隠せないのだ。遠巻きながらもシリルやアルブレヒトにも興味を持っていた。
「……このパン固そう」
目の前のパンに対してもノアは文句を呟く。数年城暮らしの彼には庶民の食事は本当に質素に見えるようだ。彼の言葉にシリルは苦笑した。
「で、これいつ食べて良いの?」
食事は目の前に並べられているものの、まだ食事は始まらない。この際質素でも良いからノアは早く食べたいらしい。
「それは、ロゼッタ様が戻って来てからだと思いますよ」
教会に着いてすぐ、落ち着いて今までの事を話す為に彼女は育ての親であるシスターのアンと別室へ移った。報告と今の状況、きっとロゼッタにはしっかりと話さなければいけない部分もある。
ふーんとノアは呟き、二人が入って行った別室の扉を一瞥したのだった。
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