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「いや……多分来れない」
落胆した様な苦々しい表情をリーンハルトを浮かべた。
来ないという表現ではなく、来れないという表現に少しだけリカードは引っ掛かりを覚える。それは今、シュルヴェステルに何かがあったと取って良いのだろう。
「何があった?」
「シルヴィーの体調が優れないんだよ。宰相からの手紙にそうあった」
いつもなら王シュルヴェステルもこの戦地に赴いていただろう。だが、珍しくも彼は体調が悪く、宰相や周りの側近に止められて渋々居城に留まっているという報告があったのだ。
命に大事は無いものの、王の身が第一優先。今回は行かせるわけにはいかない、というのが宰相の決断である。普段の宰相は王に好きなようにさせているものの、叔父という立場から時折王に対しても厳しさを見せていた。
「大丈夫なのか?」
リカードにとって、戦争状況よりも国王陛下の命の方が大切である。リーンハルトの報告で、彼が真剣に王の心配をしているのが丸分かりであった。
「大丈夫、命に別状は無いって宰相も言ってる」
「そう、か。なら良いが」
そう言いつつもリカードの表情は晴れなかった。自分自身の目で王の容体を確認するまで安心出来ないのだろう。
それはリーンハルトとて同じである。彼にとってシュルヴェステルは父同然の存在。彼がいたからこそ、今の自分があると言っても過言ではない。出来るならば、今すぐにでも馬に飛び乗って王都へ帰りたい位だった。
だが、彼らの立場がそれを許しはしない。
「……ハルト、無様な負け方をしては陛下へ顔向けが出来ん。勝つぞ」
剣の柄を握り締め、リカードは真っ直ぐにリーンハルトを見据える。赤い瞳には決意が宿っていた。
「解ってるよ。シルヴィーから全てを預かってるんだから、絶対勝たないとね」
口元に笑みを浮かべつつも、リーンハルトもまた金と翠の瞳の奥に強い意志を揺らめかせたのだった。
*** ロゼッタ達は数時間馬を走らせ、森を突っ切っていた。森の中ならば人に遭遇する確率も低い。昼間であれば魔物の出没も大分少なくなる。人間の国で森の中を走るのは魔族にとって最適なルートであった。
途中で何度か川に寄って馬に水を飲ませ、休憩も取った。そして時間は既に日が傾き始めた頃、彼女達の姿はオルト村に一番近い森の中にあった。
ここはロゼッタにとってもよく見覚えのある森。ここでよくシスターと一緒に薬草や木の実を取ったりしたものだ。そして、彼女がアルセル公国の騎士に捕らえられたあの日、得意の唄――玲命の誓詞を謳っていたのもここである。
「オルト村まであともう少しよ」
ここまで来てしまえば、もう地図なんて必要ない。あっち、とロゼッタは村の方向を指差して示した。
「ここは私共も見覚えはあります。場所は違った所ですが、ここで初めてロゼッタ様の唄を聴いたので」
「え? 聞こえてたの?」
微かに、とシリルは笑った。
確かにこの森の入口近くの丘で、あの日唄を謳っていたのはロゼッタも覚えている。まさかあれが二人に聞かれていたとは知らず、恥ずかしさに少しだけ彼女は赤面した。
唄は好きだし得意だが、それでも誰かに聞かれていたと思うと恥ずかしいのだ。
「その唄を頼りにロゼッタ様を探して村まで行ったのですが、その時は既に騎士団に連れ去られた後でした。急いで先回りをし、私は騎士達の足止め。アルブレヒトがロゼッタ様を追ったのです。ですよね、アルブレヒト」
「……うむ」
シリルがアルブレヒトに話を振ってみるが、ロゼッタの目を見る事無く彼は頷いた。未だ二人の間には気まずい空気があるのだ。
ロゼッタはあの日、森での出来事を思い出した。アルセルの騎士達に追い詰められ、もう駄目だと思った瞬間に助けてくれたのはアルブレヒト。あの時見た瑠璃色の瞳は今でも鮮烈に記憶に刻まれている。
「……お話し中悪いけど、着いたみたいだよ」
黙々と馬を走らせていたノアが指差す先……そこには夕日に染まったロゼッタの生まれ故郷、一か月以上振りのオルト村が姿を見せたのだった。
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