アスペラル | ナノ
6

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 アルセル公国東部、それも見事な国境沿いにアルセル公国の騎士団もアスペラルの騎士団も陣営を張っていた。東部と言っても、アルセル公国のオルト村からは北へ数十キロの距離がある。
 川や林を挟んで両軍は陣を張り、緊張が漂う中どちらもその場を動かず戦いは膠着していた。

「ああ、まるで俺は籠の鳥。こんなむさ苦しい所に来させられて、男と寝食共にして戦わなきゃいけないなんて……死ぬなら裸の美女の胸の中が良かったなぁ」

 リカードが本部となる簡易に出来たテントの中に入ると、軍師のリーンハルトはブツブツと何やら独り言を呟いてた。
 その表情には分かりにくいが少しは疲れが感じ取れる。彼とてこの重い空気を一身背負えば、精神的にも肉体的にも疲れるのだろう。それは仕方ないと思いつつ、独り言に関しては「とうとう壊れたか」とリカードは溜息を吐いた。
 リーンハルトは騎士ではなく軍師なので、前線で戦う事はない。だがここ連日このテントに彼は籠り、アルセル公国の地図や戦況、報告書と睨み合っていた。

 王にこの一団を任された彼の心労は、実のところリカードでも計り知れない。

「……お前、色々と大丈夫か?」

 主に頭の中身、と言い掛けてそれだけは止めた。リーンハルトの向かいの席に座ると、大丈夫じゃないかも、という返事が返って来る。

「数じゃ負けてるしね。まあ、数はそんなに問題じゃないんだけど……」

 アスペラルの戦いは剣が主流ではない。勿論、剣やその他の武器は持っているが魔族らしく魔術を用いるのが基本だ。魔術は幅広く、単体を狙う魔術から広域を狙う魔術まで多岐に渡る。
 そういった戦いを得意とするからか、魔族つまりアスペラルの兵にとって数など些末な問題なのだ。例え相手の方が勝る数だったとしても、一人で十人相手にすれば問題無い、というのが魔族の考えである。
 しかし、この方法が絶対的ではない事を魔族は気付いている。魔術は基本詠唱を必要とする。中には詠唱が無くても使える魔術があるにはあるが、それは魔術の知識をより持ち、高度な技術を必要とする。誰でも使える様な技では無いのだ。

 詠唱が必要となればその間の守備が必要になる。また、戦争に聖石が持ち込まれれば話は別だ。

「聖石は稀少な石だからな、多く持ち込まれているとは考えにくいが……」

「まぁね。でも、俺が人間側の奴だったら、剣術に優れた精鋭に聖石の剣を持たせて、前線の兵士を囮もしくは捨て駒にするね。そんで一気に叩く」

「そうなると、接近戦に持ち込まれるな」

 リカードは腕を組み、眉間に皺を寄せた。彼自身は接近戦に関して問題は無いのだが、問題を上げるとするならば騎士団のことだろう。
 常日頃訓練はしているものの、魔族は魔術を主体としているせいか剣術などの接近戦にはどうも不向きな部分がある。勿論人には得手不得手があるので、中には剣術に関して秀でている者もいるが、それでも数が足りないというのが現実だ。

「やっぱ第ニ師団を前線に置いて、第一師団を援護に置いた方が良いかな……」

「魔術的な面であれば第二師団の方が向いている。援護は第二に任せた方が良いんじゃないか?」

「いや、でも出来るだけリカード達には体力を温存して欲しいし……第一が突破されたら、第二が防ぎきれるとは思えない。第二には歩兵隊と魔術隊に分かれて貰うから」

 リーンハルトは真面目な横顔で地図上の現在地を差し、そして部隊を置く場所をなぞった。こういう姿を見ていると、彼は軍師なのだと改めて知らされる気がした。
 リカードが率いる第一師団は所謂アスペラル随一の戦闘能力を誇る騎士団。剣術に関しても第二に比べれば秀でた者が多い。第一が敗れれば必然的に敵を止める者がいなくなるのだ。
 ここでアスペラル側の目的はアルセル公国の侵略では無い。逆に今アスペラル側に押されていると考えているので、真の目的はアルセルの軍を追い返すこと。

「援軍は?」

 今戦場にいる騎士団だけで片が付くとは思えない。賢いアスペラルの王はそれには気付いているだろう。何も手を打っていない筈が無いのだ。

「来るよ……到着にはもう少し日数が掛かるけど。あと、各地の貴族にも協力の要請はしてるから」

 既に王の居城とはマメな連絡のやり取りはある。リーンハルトが握る手紙の中には新たな援軍を編成し、本隊に向かわせた旨が書かれていた。
 彼の言葉にリカードは胸を撫で下ろした。アスペラル王・シュルヴェステルのことは信頼しているが、戦争の最中では妙な緊張感が常に彼を支配していた。ちょっとした事でも命取りになることを彼は知っているからだ。

「陛下はいらっしゃるのか?」

 普通ならば王自ら戦場に赴く事は少ないのだろう。だが、シュルヴェステルは違う。過去何度も有った人間の国との争いや人間の国で不当に扱われる魔族を救う際、彼は剣を片手に先陣切って飛び込むことが多かった。それ故だろう、彼が英雄的に讃えられているのは。

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