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これからどうするべきか、ロゼッタは思考を巡らせた。彼を信じて良いものか、まだ彼女には判断出来ずにいたからだ。
だが彼女が疑心を抱いてるとも知らずに、彼は近寄ってくる。まるで投げたボールを拾ってきた犬が飼い主の下へ駆け寄る様に、どこか誇らしげに。
「えっと……」
とにかく何か喋らなければという気持ちがロゼッタを急かす。しかし、それが上手く言葉として上手く出てこなかった。彼にまず何を言えば良いのか、混乱していてそれ以上言葉を器用に紡ぐ事が出来なかった。
そうこうしている内に、目の前に立った少年はロゼッタに手を差し出した。ずっと地面に座っている彼女を立たせようとしてくれているらしい。
そろそろと彼女は手を出して、彼の手を握った。ロゼッタの少女の手とは違う、それでいてアンセルの様な子供の手とは違う。表情や仕草は少年でも、少し固い男の手であった。
力強い手に支えられ、ロゼッタは立ち上がった。
立ち上がってから気付くが、大きく見えた少年の背はロゼッタと大して変わらない。彼女より少しばかり大きいだけであった。
「……アルブレヒト=ハンフリー」
「?」
「……自分の名前。名乗っていませんでしたから」
そういえば彼はロゼッタの名前を知っているようであったが、彼女は彼の名前は知らなかった。
「私は……ロゼッタ=グレアよ」
「知ってます」
「どうして……私を知ってるの?それに、側近とか……」
その瞬間、近くの茂みでガサッと何かが動く音がした。他の騎士かと思ったロゼッタは身構え、アルブレヒトは一度は鞘に収められた双剣の柄に手を置く。二人が警戒していると、茂みから姿を現したのは一人の青年であった。
少し癖っ毛の藤色の髪は横で縛られ、眼鏡の奥の藍色の瞳は穏やかに、少し気弱げに笑っていた。醸し出している雰囲気は柔和で、纏っている服から近くの農民ではない事が伺える。騎士ではなさそうだが、役人の様に身形が良い。
「……シリル」
少し警戒しているロゼッタであったが、横ではアルブレヒトが彼の名前を呼んだ。
「え?知り合い?」
「アルブレヒト、それに……ロゼッタ様も。良かった、ここにいたんですね」
またもやロゼッタを様付けで呼ぶ人物の登場に、少しだけ目眩がしたロゼッタ。とりあえず、アルブレヒトの仲間の様なので少しだけ安心してしまったが、まだ全て信用していけないと彼女は自分に言い聞かせた。
「……誰?」
「私ですか?私はシリル=ベルナーと申します」
品良く微笑み、ロゼッタに丁寧に自己紹介するシリル。無表情のアルブレヒトよりは親しみやすく、その笑顔には自然と警戒心が解けようとしていた。
「あの、それで私に一体何の用が……?」
「おや?アルブレヒト、彼女に何も話していないのですか?」
「……邪魔が入って、何も」
少し目を逸らし、子供が拗ねる様にアルブレヒトは呟いた。そんな彼の様子にシリルは少しだけ眉を上げて溜息を吐いた。
そんな二人をロゼッタは不思議そうに見比べる。髪の色も瞳の色も、顔立ちさえ似ていない。兄弟ではなさそうだ。だが見た目から年齢は結構離れている様にも見える。アルブレヒトは十代半ばから後半。シリルは二十代半ばと言った所だ。
「シリル、首尾は?」
「一応、足止めはしておきました。しばらくは来れないと思いますが……」
何の話をしているのかはロゼッタには分からない。だが真剣に話している二人の横顔を見ていると、口を挟む隙など微塵もない様に見える。しばらく黙って二人を見ていたロゼッタであったが、話が一区切りついた頃にシリルが申し訳なさそうに彼女の方を向いた。
「……すみません、ロゼッタ様。待たせてしまって」
「え?あ、別に気にしてないけど……」
「良かった、ロゼッタ様が心優しい方で何よりです。それで、単刀直入なお話になってしまうのですが……私達は貴女の父上の命でお迎えに上がりました」
「え……?!」
突然の話に、当然ロゼッタは自分の耳を疑った。まさか、彼らが父親の使者だったとは。彼女は全く思ってもいなかった。
突飛すぎる話に混乱する反面、ロゼッタには父親の話題に飛付きたくなる程嬉しい気持ちがあった。
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