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そう、とだけ呟くとノアは再び視線を本へと戻した。こんな所に来てまで読書とは考えものだが、ノアらしいと言えばノアらしい。
大分夜も更けてきたが、誰も寝ようとはしなかった。ノアも元々夜型なので夜の方が目が冴えているというのもあるが、アルブレヒトとシリルは何となく眠れずに起きていた。
「シリル。明日村に着いたら、何する?」
オルト村を目指し出てきたものの、具体的な目的は「教会の皆の安否を確認する」だけである。どうやって過ごすか、いつ頃村を発つかは決めてはいない。
「そうですね、発つのは早いことに越したことは無いですが……」
ロゼッタの身の安全を第一優先とすると、安否を確認出来たら早くに村を出るのが一番だろう。今は戦争に巻き込まれていなくても、いつ戦火がこちらにまで飛んでくるかは分からない。
それに、戦争以外にももう一つ危険はあった。それは彼らが「魔族」だということである。あまりロゼッタはその辺りを気にしてはいないようだが、本来ならば人間に魔族であることが発覚すると大きな問題になる。
生きて村を出られれば良い。だが、魔族だと発覚した場合すぐに迫害の対象となるだろ。
例え、ロゼッタがついこの間までこの村に「人間として」住んでいたとしても。
「ロゼッタ様も少しは教会に居たいですからね。頃合いを見てから、といったところでしょうか」
しかしロゼッタの気持ちも考えるとなると話は別である。本来ならそのような私情は除くべきだが、彼女がどれだけ教会に帰りたがっていたかは知っている。出来るならば、彼女の為に数日の滞在が必要なのだろう。
「……ロゼッタ様、帰らないって、言う?」
珍しくも、アルブレヒトは不安そうな表情を浮かべた。
「その可能性も否定出来ないでしょうね」
シリルは苦笑するが、本当は笑い事ではない。
数日、いや数時間の滞在であっても、きっと彼女は望郷の念にかられるだろう。賢い彼女は帰らなければいけない事は知っている。だが、気持ちまでは歪めることは出来ないのだ。
シリルにとっては彼女を故郷に帰す事が、本当に良い事だとは思ってはいない。しかし、ここまで来てしまったからには引き返すわけにもいかないだろう。
「そればかりは、私共ではとても難しい範囲です。本来ならば止めなくてはいけないのでしょうが……それはロゼッタ様に酷な事でしょう」
もしロゼッタが帰りなくないと言ったとしても、きっとシリルは複雑な心境で彼女を連れ帰るだろう。彼女の気持ちが分かったとしても、彼にも役目だってある。例えロゼッタに泣かれても、罵られたとしても、それは変わらない。
「……自分は、帰って欲しくない」
真っ直ぐ焚火の火を見つめながら、低く小さくアルブレヒトが呟いた。
あの件以来今はぎくしゃくした関係だが、そうでなかったとしたらきっと面と向かって言っているだろう。それは確かにアルブレヒトの本心だった。
最近二人の関係が不安定なのは知っていたが、彼がこうも本心を露呈するとはシリルも思っていなかった。彼の場合それがどの感情に当て嵌まるのかは知らない。しかし、感情を素直に表すまだ若い彼を微笑ましく感じた。
「……なに? 弟は姫様が好きなの?」
しかし、空気を読んでいないというか、読もうともしないノアは本から少しだけ目線を上げ問いた。確実に今はそんな事を聞くようなタイミングではない。それに案外本だけ読んでいたわけではないのだな、と突っ込みたい箇所は沢山ある。あえてシリルは口に出すことはない。
が、実のところシリルとてアルブレヒトの返答は気になる。純粋な彼がどんな反応をするのだろうか、と。二人は静かにアルブレヒトを見たのだった。
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