アスペラル | ナノ
14

 ノアが構えた瞬間それは「同意」であると捉えたシリルは、早口で詠唱した。
 彼は普段は滅多に戦う事などなく、魔術を使う機会すらあまりない。だが、彼も一応は文官であり魔王に仕える者の一人。中途半端な能力ではない。
 シリルの右手が躍る様に宙に字を書き連ねる。

 その瞬間、地面が意思を持ったように盛り上がり、蛇のような造形を作った。それは文字通り土の塊。
 目も何もない土の塊である蛇はただ目の前の標的――ノアに向かって、咆哮する様な仕草を見せた後に突っ込んだ。物凄い速さで地面を這うものだから、地に一筋の跡を残しながらも躯体を削らせてノアへと向かった。

 しかし、涼しげノアの笑みは崩れることなく、逆にこの緊張感の中だからこそ際立っていた。

「 繋ぎ止める現の楔 冷冷たる毅然の鏡 」

 片腕を上げ、まるで当たり前に息を吸うように自然な動作だった。詠唱も通常より短縮されており、シリルの放った土の蛇がノアを捕らえるよりも先に氷の壁が現れた。強靭で、決して崩れることはないノアの盾だ。
 突然現れた氷の壁に、果敢にも土の蛇は突っ込むが、その身を地へと還しただけであった。激突する轟音を立て、蛇はその身を崩した。

(やっぱり、一筋縄じゃ無理か……!)

 たった一撃でノアが倒れるとは到底思っていないが、一掠りも出来ずに術を防がれたのは流石にシリルも悔しかった。
 蛇が崩れたことにより砂塵が舞い、視界は一気に悪くなる。シリルは口元を押さえながら目を凝らすが、ノアの姿は見えない。だが、彼がここで逃げるわけがないことはシリルも知っている。

「 冷箭たる氷塊
  我紡ぐは失墜の落款  」

 気だるげな声が、迷いなく術を紡ぎ上げる。
 やはり近くにいる。しかも彼は応戦する気は満々であり、随分とシリルも甘く見られているようだ。シリルには本気で来いと言いながらも、彼は初級の魔術を放とうとしているのだから。シリルなどこれで十分だとでも言いたいのだろうか。
 だが、逆にいつも使っている術だからこそシリルには動きが分かるし、対策も立て易い。

「 描け地の礎 縒れ地の隔て
  大地の守禦は拒絶せん   」

 今まさにノアが使おうとしている術は知っている。数本の氷柱が標的を狙い突き刺す。単体向けの術であり、一度避けるか防いでしまえば怖い術などではない。
 それに、元々氷属性の魔術より地属性の魔術の方が、防御面は圧倒的に後者が向いている。どの属性の魔術にも身を守る術はあるが、地属性程鉄壁なものはないだろう。氷は鋭いが割れ易く、脆い部分がある。
 土の壁で氷柱を防ぎ、シリルは懐から一本の短刀を取り出した。

(……ノアは油断している上に、自分の魔術を過信している……)

 勝てる自信はあまり無いが、シリルに負けるつもりはない。そして、この短剣こそが彼にとって秘密兵器でもあった。と言ってもこれは普通の短剣に過ぎず、魔具でもない。
 だがノアが油断していて己を過信しているからこそ、彼は懐が弱いと予測が出来た。普段からノアが武器を持たないのは知っている。体術に特化しているという話も聞いた事がない。と言う事は、魔術で勝てなくても力押しならば勝てる可能性が高いのだ。
 身体能力では二人の差は大きくない。

「文官さん? どうしたの? 僕を止めるとか言ってなかった?」

 砂塵が舞い、時間は深夜ということもあり、未だに視界は晴れていなかった。薄らとした人や木の影が見え、声がまるで挑発するように響く。彼の言葉は故意的に挑発しているのかしていないのか分からない。普段から他人に喧嘩を売っているような言葉ばかり言っているからである。
 だが、今のシリルには都合が良い。視界が悪いというのはお互い様なのだから。短刀の柄を握り直し、シリルは地面を蹴った。
 短剣でノアを切り付けるつもりはない。それは最後の手段と言って良い。目的は喉元へ短剣を突き付けること。魔術師が必要なのは精霊と知識だが、声も欠かせないもの。無詠唱の魔術があるにはあるが、声を封じられた魔術師はほぼ力を無くしたに等しい。

(悪くは思わないで下さい、ノア……)

 抵抗されたら多少は手荒な真似だってシリルもする。
 ここで彼を止めなければ、ロゼッタは勿論、ノア彼自身の命だって危ういのだから。
(14/16)
prev | next


しおりを挟む
[戻る]

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -