アスペラル | ナノ
13

「……聞けば姫様は火、氷の魔術が使えるらしいね。相反する二属性、そして……疑惑の風の属性」

 恍惚とした表情でノアは、見たいなぁ、と呟いた。部屋に閉じ籠って実験に没頭している時と同じくらい彼は生き生きしている。

「でも、なかなか見れないんだよね……練習させても失敗ばかりだし」

 ノアは心底残念そうに溜め息を吐いた。
 自分の知的好奇心を満たすべく、ロゼッタには魔術の講義と称して魔術を使わせようとしたこともある。
 だが、魔術の発動に至らないことが多いのだ。たまに成功するものの、威力は子供レベル。火の魔術なんてひょろひょろ飛んだと思うと、すぐに消えてしまう。氷の魔術を使わせてみても氷の礫が出るだけ。
 風の魔術など、使わせても一吹きもしない。

 ノアが見たいのは彼を驚かすほど魔術と、知識を覆す程の新たな発見。その程度の魔術では満足する筈がなかった。

「だけど、僕考えたんだ」

「何をですか……?」

「……姫様が魔術を発動させ易い環境を作れば良いって。僕なりに考えた結果、姫様が命の危機に曝されるような場所が一番良いと思うんだ」

 真面目な顔で反逆罪ともとれる発言をするノアに、シリルは表情を険しくした。
 ノアは純粋なのだ。純粋に研究を楽しんでいるからこそ、他者を省みることを知らない。善悪もついていない部分がある。
 正しくはないと知りながらも、それを正すことはシリルには出来なかった。いや、むしろ正せるなら既に誰かが正している筈だ。なのにされていないということは、出来なかったということ。

 そもそも彼が他人の言葉に感銘を受けること自体まず無いのだから、難しい話なのだ。

「どうして、そういう結論に?」

「だって考えてみなよ」

 まるで講義をするが如く、ノアは饒舌に語る。普段は気だるげなものの、魔術が絡むと本当に気合いの入り方が違う。

「……姫様が火の魔術を使ったのは、アルセル公国の騎士に襲われた時。氷の魔術はルデルト家に襲われた時。そして、謎の風の魔術も……姫様が魔物に襲われた時」

 これは何かの偶然だと思うかな、とノアは薄ら笑いを浮かべる。
 確かにシリルが考えても、おかしな程に共通性があった。偶然とは片付けられないが、ようやくノアの真意が解った気がした。

「……僕の仮説は、姫様は人間の国に住んでいたせいで本来の力は忘れていたけど、時たま防衛本能に触発されて魔術が顕現するんじゃないかって」

「だから、戦争という危機的な場所にロゼッタ様を連れて行くことで、防衛本能を無理矢理引き起こさせる……そういう意味ですか」

「うん、文官さんは物分かりが早いから助かるね」

 ノアは薄い唇で弧を描いた。
 ただロゼッタの魔術が見たい、それだけの理由でこれだけのことを考えたのだから、ある意味ノアの執念には驚かざるをえない。
 だが、だからこそ今のノアは非常に危険だった。今の彼はロゼッタの魔術を見る為ならば、彼女を崖から突き落とす事も簡単にやってのけるだろう。

「……成程、よく解りました」

 口ではそう言いつつ、シリルの表情は変わらない。むしろ一段と険しくなったと言える。

「やはり、アルセルに行かせられません。ここで私が止めます」

 その瞬間シリルの足元に緑色に輝く法陣が現れた。シリルにとっての魔術発動第一段階。彼の属性は地であるため、魔術の媒体はほとんど本物の地面。だから法陣は地面に浮かび上がることが多い。
 魔術研究をしているのだから、それはノアもよく知っていた。

「……へぇ、僕に挑むんだ。魔術で」

 愉しげに口許に笑みを浮かべたノア。
 魔力の量だけであれば、圧倒的にノアが有利。いくらシリルが平均的な魔力を持っていても、ノアとの差は大き過ぎた。

「別に殺し合いをするわけじゃありません。足止めさせて貰います」

「……逆に本気で来てくれなきゃ、手加減間違えて殺しちゃいそうだよ」

 勝つ自信しかないノアは余裕綽々な表情を崩すことはない。今だ構えることなく、シリルの出方を待っていた。
 そして、直後に魔術同士がぶつかる轟音が響いたのだった。
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